沢の音が響く山あいに、段々と連なるわさび田。葉が青々と育ち、その水面が陽光できらめく。
静岡県伊豆市の「筏場(いかだば)のわさび田」は天城山の豊かな湧水(ゆうすい)に支えられた水わさびの一大産地。江戸時代から続くこの地でも、異常気象による酷暑や豪雨の影響が出始めている。
「繊細なわさびにとって温度の変化は一番のストレス。父から引き継いだ40年前にはこんな気温は考えられなかった」。そう話すのは筏場で8代にわたってわさびを栽培する「たか惣」の高村範利(のりとし)さん(60)。
世界農業遺産にも指定されるわさび田は、自然の恵みと先人たちの知恵が織りなすたまものだ。沢からの水が石や小石、砂でできた田を通ると不純物がろ過され、逆に酸素や栄養分が補給される。その際に水も冷やされ、安定した水温で下段へと流れていく。
しかし、近年は気温の上昇で日当たりによっては枯れてしまうこともあるという。それを防ごうと、田を覆う遮光ネットが一帯で増加。以前は沢沿いにわさび田を見渡せたが、今では景色が一変した。
「設置のために木を切ると風が吹き抜けるようになり、これも生育に影響するのではないか」。暑さ対策を施せば、新たな課題も見つかり、高村さんは頭を悩ませている。
大雨による災害も近年増えてきた。一昨年には高村さんのわさび田で、すぐ横の石垣が崩落。水を含みきれなくなって崩れたとみられるが、経年劣化の可能性もあり、山の保水機能の高さから時間差で被害が出る。因果関係が分かりづらいため、行政からの支援もなく、筏場全体の問題になっている。
修復費用の約400万円はクラウドファンディングでその一部を募集。風味や辛みにこだわって栽培を続けてきた高村さんに宛てて、全国から「品質の良いわさびを作り続けてほしい」と応援の声が届いている。
「わさび農家は水に生かされてきた。時代や気候に合わせて自然とどう仲良くしていくか。これから考えていかなくてはいけない」。温暖化の波が迫っている。【猪飼健史】
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