ポジトロニウムを発生させ、冷却する装置=東大の吉岡准教授提供

東京大学の吉岡孝高准教授らは高エネルギー加速器研究機構などと共同で、最も軽い原子である「ポジトロニウム」をセ氏マイナス272度(絶対温度で約1ケルビン)にする手法を開発した。未知の物理現象や、物質と反対の性質を持つ「反物質」の謎の解明につながる可能性がある。

成果は英科学誌ネイチャーに掲載された。ポジトロニウムは電子と、プラスの電荷を持つ「陽電子」から構成される。名前は陽電子の英語名「ポジトロン」に由来するとされる。

一般的な原子は陽子や中性子からなる原子核を持つがポジトロニウムにはなく、質量は水素原子の900分の1ほどと非常に軽い。1930年代に存在が予言され、51年に初めて観測された。

マイナスの電荷を持つ電子に対して、陽電子は電子と同じ質量を持つ。陽電子の電荷は電子と反対のプラスだ。ポジトロニウムは電子と陽電子がお互いに引き合って動いており、最終的にはぶつかって消滅する「対消滅」という現象を起こす。

放射線の一種であるガンマ線が発生する。ポジトロニウムの数が半分になるまでの時間である「半減期」は約140ナノ(ナノは10億分の1)秒と短く、そのため性質の解析が難しい。

ポジトロニウムは陽電子から作る。加速器で光速近くまで加速した電子を重金属などにぶつけ、出てきた陽電子を二酸化ケイ素でできた多孔性物質である「シリカエアロゲル」にぶつけると電子がくっついてポジトロニウムになる。

発生したポジトロニウムは非常に高速で動いており、レーザーを複数回当てて徐々に冷却する。ただ極低温にするには波長の違うレーザーを連続して当てる必要があり、制御が難しい。

研究グループは約4ナノ秒ごとに波長を変えて照射するパルスレーザーを開発し、約1ケルビンまで冷却できた。極低温になったポジトロニウムはほぼ停止した状態になるため、性質の観測が可能になる。

停止したポジトロニウムを使えば、ポジトロニウムにある電子と陽電子の距離を正確に計測できるようになる。物理学には「標準理論」と呼ばれる根本理論があり、物質やエネルギーの最小単位の素粒子を17種類定め、自然界で起こる現象や宇宙の成り立ちなどを説明してきた。この理論からポジトロニウムの電子と陽電子の距離を正確に計算できるが、もし実際に計測した数値と矛盾があれば、未知の物理現象が存在する可能性がある。

さらに、陽電子のような反粒子で構成される反物質は宇宙が誕生したときには物質とほぼ同数存在したが、現在は物質しか存在しておらず、なぜ反物質が消滅したかは分かっていない。一度停止したポジトロニウムを使うと反物質の合成が容易になる可能性があり、反物質の性質の研究が大きく進展するという。

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