ヒトのiPS細胞からつくった心臓の筋肉(心筋)の細胞を、心筋梗塞(こうそく)を起こしたサルの心臓に移植し、心機能を回復させることに成功したと信州大や慶応大などのチームが発表した。これまで、移植後に起きる不整脈が課題だったが、移植する細胞の純度を高めることで、不整脈の頻度を格段に減らせたという。

 成果は、26日付で、米国心臓協会の科学誌「Circulation(サーキュレーション)」で発表される。

 心臓の表面の血管が詰まる心筋梗塞が起こると、心筋の細胞が数億個も失われ、「心不全」という心機能が低下した状態につながる。

 心不全患者は高齢化とともに増え、2030年に130万人を超えるという推計もある。

 チームは、皮膚や血液の細胞からつくれて、さまざまな細胞に変化できるiPS細胞から心筋細胞をつくり、心臓に移植する治療法の開発をめざして研究していた。

 16年には、サルのiPS細胞からつくった心筋細胞を別のサルに移植し、心機能が改善したという成果を発表していた。ただ、移植から数カ月間にわたって、心拍数が多くなる不整脈が出てしまうことが課題だった。

 チームの一員の遠山周吾・慶応大講師によると、心筋細胞には特徴の異なるいくつかのタイプがあり、移植に必要なのは「心室筋細胞」だけ。それ以外のタイプの細胞が含まれていたことが、不整脈の原因だと考えられたという。

 研究チームは、iPS細胞から心筋細胞をつくるときの条件を改良して、必要なタイプの心筋細胞だけをつくる手法を確立させ、「心筋球」と呼ぶ1千個ほどのかたまりにした。

 今回の研究では、心筋梗塞を起こした4匹のカニクイザルの心臓に6千万個の心筋細胞に相当する数の心筋球を移植した。比較のため、同様に心筋梗塞を起こした5匹のサルには移植をしなかった。全てのサルに免疫抑制剤を与えた。

 移植から3カ月後、移植を受けたグループのサルは移植前から心機能が10%ほど改善した。一方、移植を受けなかったグループでは心機能の改善はみられなかった。

 移植を受けた4匹のうち2匹では不整脈がみられた。ただ、ごく短い時間に限られ、移植後14日以降には不整脈はみられなかった。チームは「副作用を極めて少なくすることができた」としている。

 移植から3カ月後、移植を受けたサルの心臓を解剖したところ、移植されたヒトiPS細胞由来の心筋細胞が、周囲の心筋細胞とつながっていることも確認できた。

 遠山さんは、「細胞移植による心臓の再生医療の実現のためには、不整脈が最も大きなハードルだった。今後、より患者さんへの負担の少ない移植方法などを開発していきたい」と話した。

 研究チームに参加する慶応大発ベンチャー「ハートシード」社は、今回の手法を元にした心不全の治療開発を目指している。現在、冠動脈バイパス術という別の心臓の手術と同時に、心筋球を移植する臨床試験(治験)に取り組んでおり、22年末以降に4人の患者が移植を受けた。

 今回の研究報告と同じように、一時的に軽い不整脈はみられたが、これまでのところ安全性の懸念はみられていないという。(野口憲太)

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