エルトゥールル号の海難事故
1890年6月。
オスマン帝国の親善使節団を乗せた軍艦「エルトゥールル号」が横浜の港に到着しました。船は全長が79.2メートル、重さは2300トンあまりの木造船で、650人あまりが乗船していました。
使節団は明治天皇に謁見し、さまざまな贈り物を届けて親睦を深めた後、帰路につきました。
しかし、1890年9月16日夜。
和歌山県串本町の沖合で嵐に巻き込まれて沈没。
500人以上の乗組員が命を落としました。
事故の知らせを受けた地元の住民は荒波の中、不眠不休で救出にあたりました。
住民たちは乗組員の手当をして大切に蓄えていた食料も分け与え、69人の命を救いました。
この出来事が日本とトルコの友好のきっかけとなりました。
海底に残された「遺物」
串本町の沖合の海底には船体の一部や乗組員の形見が残されていて、20年前からトルコ人研究者らを中心とした調査団が調査や遺物の引き揚げを行っています。
率いるのはトルコの海洋考古学者のトゥファン・トゥランルさん。
これまでに大きな調理用の鍋やライフル銃の一部など8000点以上を回収しました。
引き上げられた陶器や金属製品などは、保存処理がすすめられましたが、木でできた船体の一部などの「木製の遺物」は保存処理は難しく、ほとんど手つかずのままでした。
海洋考古学者 トゥファン・トゥランルさん
「少なくとも100年は水の中にあったということになると思います。かなりの時間海水につかっていたと思います。保存処理の方法には頭を悩ませていました」
「木製の遺物」の難しさとは
ことし1月からそうした木製の遺物など30点あまりの調査と保存が奈良大学で始まりました。
率いるのは学長の今津節生さん。
海に沈んだ木製遺物の保存研究の第一人者です。
8年前にエルトゥールル号の遺物の引き上げを見学するため串本町を訪れた際に、木製の遺物の保存に悩んでいると聞いて協力を申し出たのです。
木製の遺物はなぜ保存が難しいのか。
それは、長年水につかるなかで、水中のバクテリアによって木の組織が破壊されてしまうからです。
こちらの木材も一見すると原型を保っているように見えますが、内部は空洞や隙間ができた状態です。
何の処理もせずに、水から取り出して乾燥させると、空洞化した部分から縮みはじめ、大きさは4分の1くらいになってしまいます。
適切な処理を行わなければ、せっかく引き上げた貴重な船体の一部などが失われてしまうのです。
奈良大学 今津節生 学長
「水の中にずっと100年も200年もつかっているんですよね。それを取り上げて乾燥させたいんだけれど、そのまま乾燥させちゃうと、かなり小さくなる。木の色をあまり変えなくてしっかり固めるために、中に何かをしみこませて細胞を強化する。固めるってことをしなければならない」
保存に使う“粉”とは?
そこで保存処理に使われるのが、お菓子などに使われる糖類の一種「トレハロース」です。
まず、長年、水につかっていた木材をトレハロースを溶かした液につけ込むと、木の組織の空洞化した部分にトレハロースがしみこみ結晶ができます。
この結晶が木の内側を補強して、乾燥しても縮むのを防いでくれるうえ、湿度や気温にも強いため劣化を防ぐため、発見された当時の色や形を保つことができます。
以前は、木を凍らせて中の水分を取り除く「フリーズドライ」などが一般的な方法でしたが、木材がもろくなったり、変色したりする欠点がありました。
そこで、今津学長の研究グループがヨーロッパで「コーヒーシュガー」を使っていたことを参考に、じゃがいもやとうもろこしのデンプンを原料にして作られ、安価に手に入る「トレハロース」を使う方法を開発しました。
木と金属の複雑な構造 効果は?
ただ、大変だったのがこの全長65センチある船の滑車です。
木や金属などの素材を組み合わせた複雑な構造をしていて、木材の表面にはさびも付着していました。
8年前、今津学長は調査団から保存方法について尋ねられましたが、木や金属などの素材を組み合わせた滑車に「トレハロース」が有効かまだ分からなかったため、確実な答えを返すことができませんでした。
奈良大学 今津節生 学長
「今まで金属が組み合わさった木材の保存処理をしたことがないと思って、複雑でものすごくやっかいだと」
効果があるとわかったのは、去年のこと。
長崎の沖合から引き揚げられた船の遺物の保存状況です。
エルトゥールル号と同様に木材に金属のくぎが刺さっていましたが、「トレハロース」を使った保存処理が行われました。
その結果、長期間、経過観察をしてもくぎや木材に変化はなく、金属と木材の組み合わせにも有効なことがわかったのです。
本格的な処理 始まる
そしてことし1月。
調査団と奈良大学は協定を結び、保存処理が始まりました。
海洋考古学者 トゥファン・トゥランルさん
「エルトゥールル号というのは、ただ単に船、ただ単に古いものという歴史ではなくて、日本とトルコの友好の始まりという認識です。奈良大学がエルトゥールル号のプロジェクトに関わってくれていることに感謝申し上げます」
今回、滑車の内部を詳しく調べるため、CT撮影を行ったところ、金属製の留め具は破損し、木の内部も空洞化が進んでいることもわかりました。
研究チームでは今年度中に、滑車を「トレハロース」の溶液に複数回つけて、もろくなった部分を補強することにしています。
その後、保存処理された木製の遺物は和歌山県串本町に返還され、展示される予定になっています。
奈良大学 今津節生 学長
「トルコと日本の友好をこれからも伝えていくためにもしっかりとエルトゥールル号の保存処理を行い、たくさんの人に滑車などを見ていただける状態にしたい」
(8月24日「おはよう日本」で放送)
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