11月16日、大阪市で行われた文士劇は関西や九州に住む作家たちおよそ20人が企画したもので、作家の黒川博行さんをはじめ、東山彰良さんや、湊かなえさん、高樹のぶ子さんや、朝井まかてさんなど、今をときめく人気作家が参加しました。
上演したのは、東野圭吾さんの小説「放課後」を原作に高校で次々に起きる殺人事件を描いた現代劇で、それぞれが高校の生徒や教員、それに警察官などの役にふんし舞台に立ちました。
作家たちは執筆の合間を縫って、3か月半の稽古を重ねてきたということで本番ではセリフを間違える場面もありましたが迫真ある演技を披露し、会場に集まったおよそ900人の観客を沸かせました。
奈良県から訪れた40代の女性は「出演した作家の中に作品を読んだことがある人もいたので観に来ました。舞台はプロの俳優にはないよさがあり、文化祭の学生たちの劇を見ているような感じですごく楽しかったです」と話していました。
文士劇の実行委員長を務めた作家の黒川博行さんは「ふだんは1人で文章ばかり書いているので、みんなで何かを作り上げたいと思い臨み、とても楽しかったです。書店の経営も厳しいと聞くので今回の文士劇が出版界を盛り上げる一助になればと思います」と話していました。
今回の文士劇はこの日かぎりの公演でしたが、資金の確保などができれば、今後も開催を目指したいということです。
尾崎紅葉が始め三島由紀夫も
作家などの文士が演じる素人芝居の“文士劇”。
130年以上前の明治時代に尾崎紅葉などが演じたことが始まりとされています。
昭和30年代には文藝春秋が主催した文士劇に三島由紀夫さんや石原慎太郎さんなど当時のスター作家たちが出演し、話題を集めました。
文藝春秋の文士劇は毎年秋に東京 有楽町の東京宝塚劇場などで開催されていた大がかりな催しでしたが、1978年にコストがかかるとして廃止されました。
現在は岩手県で高橋克彦さんらが出演して「盛岡文士劇」が続けられているものの東京などではあまり見られなくなりました。
こうした中、再び文士劇を開催して出版界の活気を取り戻そうと作家の有志が集まり、公演を企画しました。
衣装代を抑えるために文士劇では定番の歌舞伎や時代劇ではなく、現代劇にしようと東野圭吾さんの「放課後」を舞台化し、演出やスタッフはプロに依頼したということです。
公演を行うために費用の一部は作家たちの手出しでまかなったほかクラウドファンディングも実施し、寄付した人の名前を新作の小説の登場人物に採用するといったユニークな返礼品も準備しました。
作家たちは、執筆の合間を縫ってことし8月から本格的に稽古をスタートし、ふだんの1人での創作とは異なるチームでの作業に新たな気付きを得たと言います。
ことし「ツミデミック」で直木賞を受賞した一穂ミチさんは「舞台は絵作りや動きなどをいろいろ考えて作っていることが分かって作家としてもいい刺激をいただいています」と話していました。
時代小説で人気の門井慶喜さんは「小説だったら失敗しても迷惑がかかりませんが、演劇はそうではないので皆さんの足を引っ張らないというそれだけの思いでいます」とユーモアたっぷりに話していました。
湊かなえさんは「ジャンルの違うものを書いている方たちと1つの作品に向き合うことで気付かなかった視点を感じておもしろいです」と話していました。
背景には出版界を盛り上げたいという思い
文士劇を企画した背景にあるのは、書店の減少をはじめ深刻な出版不況の中で出版界を盛り上げたいという作家たちの思いです。
こうした動きに合わせて関西の書店もキャンペーンを展開し、30の店舗で文士劇に出演する作家の作品を並べた特別コーナーを設けました。
作家から誘いを受けてみずからも文士劇に出演している書店員の百々典孝さんは「今、知らない作家の本をいきなり買うことは難しいのではないか。文士劇を通じてファンの作家だけでなく、ほかに出演している作家の本にも関心を持ってもらうきっかけになるのではと期待しています」と話していました。
文士劇の実行委員長を務める黒川博行さんは「書店の経営も大変ですし、出版社も大変です。物書きも自分の作品の発表媒体が少なくなっているので、出版界に勢いがなくなっていきつつあることを実感しています。そこにあらがう意味でも文士劇が何かの助けになればいいと思います」と話していました。
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