「永遠の化学物質」と呼ばれるPFASは、米国では広く飲料水に含まれており、取り除くのは極めて難しい。しかし、PFASは精巣がんや早産などの重篤な健康問題を引き起こす可能性が指摘されている。(PHOTOGRAPH BY THEA TRAFF, THE NEW YORK TIMES/REDUX)

米環境保護局(EPA)は2024年4月10日、飲料水に含まれる有機フッ素化合物「PFAS(ピーファス)」(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)に対する初の規制を発表した。PFASは環境にいつまでも残留するため「永遠の化学物質」と呼ばれる。

EPAによると、新たな規制は、体内に蓄積して多くの健康問題を引き起こすことが知られている6種類のPFASから、1億人もの米国人を守ることにつながるという。PFASとの関連が指摘される健康問題には、腎臓がんや精巣がん、妊娠高血圧症候群、早産、肝臓および免疫系の疾患が含まれる。

「この決定を歓迎します」と語るのは、米シンシナティ大学環境遺伝学センター所長のスーザン・M・ピニー氏だ。「PFASが健康に与える影響についてわれわれが知っていることを踏まえると、これは妥当な措置と言えます」

だが公衆衛生の専門家らは、規制を支持する一方で、PFASを飲料水から取り除くのは一筋縄ではいかないだろうと指摘する。また、水道利用者に処理費用の負担がかかる可能性もある。

新たな規制を巡る今後の展開について、またこれが人々にとって何を意味するのかを以下にまとめた。

水道水の浄化には何が必要?

新たな規制のデメリットは、年間15億〜38億ドル(約2300億〜5900億円)かかると言われている導入コストだ。米国のすべての公共水道システムは、EPAが指定する6種類のPFASの検査を3年以内に行い、その濃度を新たな全米基準値まで5年以内に下げるよう求められる。

なかでも毒性の強いPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸、ピーフォス)とPFOA(パーフルオロオクタン酸、ピーフォア)は基準値を1リットルあたり4ナノグラム(ナノは10億分の1)とした(編注:日本の暫定基準値はPFOSとPFOAの合算で同50ナノグラム)。

EPAの推定では、全米に6万6000ある公共水道システムの6〜10%が、新規制に合わせてインフラを更新しなければならない可能性がある。すでに11の州がPFASの濃度に制限を設けているが、それらが新たな全米基準を超えている場合、多くの州がさらなるシステムの変更を求められることになる。

ピニー氏によると、最初に取り組むべき課題は、汚染源を特定し、PFASが水系に入るのを防ぐことだという。これは、すでに汚染されている水からPFASを除去するのに比べて対策しやすく、費用も安く済む。

今後は多くの施設が、粒状活性炭、イオン交換、逆浸透浄水システムといった、効果が証明されている一方でコストのかかる処理法を採用しなければならないだろう。

米国の一般的な浄水施設にはすでに、水中にある固形物を取り除く凝集・沈殿処理、重金属などの物質を取り除く高度浄水処理、有害な微生物を除去する塩素処理といったプロセスが導入されている。

「新しいインフラはおそらく、高度浄水処理と塩素処理の間に設置されることになるでしょう」と、4300の水道事業者からなる米国水道協会(AWWA)で規制コンプライアンスを担当するクリス・ムーディ氏は言う。

インフラの更新にはまた、PFASを取り除く新システムを設計するエンジニアの雇用や、それがうまく機能するかどうかをテストする試験プロセスも必要になる可能性がある。

EPAは、規制の順守にかかるコストを年間15億ドルと見積もっているが、ムーディ氏はこれを著しい過小評価だと考えている。AWWAは2023年の報告書で、実施にかかる予算は年間約38億ドルにのぼると推定している。

水道料金にはどの程度の影響があるのだろうか。コスト負担は地域の水処理施設の規模によって異なると、ムーディ氏は言う。「小規模なシステムではスケールメリットがないため、1世帯あたりのコストが大幅に高くなります」

EPAはすでに、米国の超党派による「インフラ投資・雇用法」を通じて連邦政府から新たに10億ドル(約1500億円)を補助すると発表しているが、自治体は州レベルでも資金を確保しなければならない可能性があり、その費用の大半はおそらく水道の利用者が負担することになると思われる。ムーディ氏は、小規模施設の地域であれば顧客1人あたり年間数千ドル、多くの人口に負担が分散される大規模システムでは数百ドルのコストがかかると見ている。

その価値はあるのか

それでも多くの専門家は、PFASに関連する健康問題を示す「証拠の重み」を考えれば、新たな基準値は理にかなっていると主張する。

「これだけ低い濃度でも、長い年月の間には大きな影響を及ぼすことがあります。化学物質が体内で生物濃縮を起こすからです」と、米ノースカロライナ州立大学PFAS環境・健康影響センター所長のスコット・ベルチャー氏は言う。

PFASはそこら中に存在し、洗剤から食品包装、耐水性の布まで、あらゆるものに含まれている。ベルチャー氏によると、「長期的な汚染危機」を解消するための対策として、飲料水の浄化は取り組みやすく実現しやすい目標だという。

EPAが科学的証拠の重要性に基づいて規制をかけたPFASは6種類にとどまっているが、環境にはさらに何千種類ものPFASが存在している。新たなインフラが整備されれば、まだ禁止されていないPFASの多くも取り除かれると期待される。

将来的には、汚染源を事前に特定することを優先しなければならないと、ベルチャー氏は言う。「過去数十年間でわれわれが学んだのは、いったん環境内に入り込むと、これらの化学物質を取り除くのは非常に難しいということです」

文=Sara Novak/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年4月17日公開)

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