米マイクロソフトが出資、提携する米ペイジは、生成AIを使って腫瘍バイオマーカーを同定する技術を手掛ける=同社サイトから
米マイクロソフトは生成AI(人工知能)を活用して医療・ヘルスケア分野でさらなる収益獲得を狙う。医薬品開発分野のスタートアップや製薬企業、医療機関と提携し、新薬発見を支援する生成 AIツールや研究・治験の工程を効率的に進めるAIなどに取り組む。 CBインサイツが4つの分野での2022年以降のマイクロソフトの投資戦略を分析した。 日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

マイクロソフトは生成AIの勢いを足掛かりに、医療・ヘルスケア事業をさらに深化させようとしている。

同社は22年に音声認識技術を手掛ける米ニュアンス・コミュニケーションズを197億ドルで買収し、医療・ヘルスケアの業務フローへの入り口を見いだした。さらに、米電子健康記録(EHR)大手エピックとの既存の関係を拡大し、医療従事者の効率改善と人手不足の緩和を目指し、臨床業務フローに生成AIを導入した。

マイクロソフトの最近の関係からは、製薬業界での生成AIの開発と展開に力を入れつつあることもうかがえる。同社は生成AIの早期の活用が特に資金調達や商業面で強力なけん引力になる医薬品開発分野のスタートアップとの提携や出資を進めている。

今回のリポートではCBインサイツのデータを活用し、マイクロソフトの22年以降の医療・ヘルスケア分野での買収、投資、提携から4つの重要分野をまとめた。この4つの分野でのマイクロソフトとのビジネス関係に基づき、企業を分類した。

・臨床IT(情報技術)

・医薬品開発

・医療・ヘルスケア向けクラウドツール

・検査&研究プロセスの改善

マイクロソフトの医療・ヘルスケア戦略図

ポイント

1.マイクロソフトが医療・ヘルスケアの重要分野で最も活発に活動しているのは、創薬を支援する生成AIツールの開発だ。

2.研究や臨床試験(治験)のプロセス改善ツールを強化している。

3.臨床機関との提携は、生成AIで次に重視すべき点の理解に役立つ。

医療・ヘルスケアの重要分野で最も活発に活動しているのは、創薬を支援する生成AIツールの開発

医薬品の開発は巨額の費用がかかることで知られる。1つの医薬品を開発する平均コストは20億ドルを超える。

このため、新薬開発のリターンは低下しつつある。デロイトによると、22年時点で開発後期段階だった医薬品の平均ROI(投資利益率)はわずか1.2%だった。新薬開発の生成AIツールを活用してコストと開発期間を少し減らすだけで、数千万〜数億ドルを節約できる可能性がある。

マイクロソフトは自社のクラウドとAIソリューションを使えば、医療・ヘルスケア各社はこうしたメリットを達成できるとみている。そこで、製薬会社やバイオテック企業と協力し、ターゲットの特定から治験まで創薬の様々な分野にAIを組み込んでいる。マイクロソフトのクラウドコンピューティング基盤「Azure(アジュール)」はゲノミクス、低分子など複雑なデータセットの多種多様なデータ処理を支援する。

さらに、米オゼッテ(Ozette)のような企業への出資により、AIを活用して大規模な免疫シーケンシング(遺伝子情報読み取り)データを解析し、免疫システムの理解も促進しようとしている。一方、マイクロソフトが出資、提携する米ペイジ(Paige)は、生成AIを使って腫瘍バイオマーカー(体内指標物質)を同定し、がんの診断精度の向上に取り組んでいる。

研究や治験のプロセス改善ツールを強化

医薬品開発での生成AIの用途は、新たな化学物質の発見やバイオマーカーの同定以外にもいろいろある。

治験の段階に達した治療薬のうち、発売にまで至るのは推定13%にとどまる。データの共有や分析の円滑化、治験計画書(プロトコル)の作成支援など研究チームの業務フローを改善することで、医薬品の治験のコストとリスクの一部を相殺できる。

このため、マイクロソフトの投資と提携では、生成AIに検査や研究の業務フローの一部を担わせることを目指している。例えば、デンマーク製薬大手ノボノルディスクはマイクロソフトと提携して疾患のバイオマーカーを調べ、生物医学研究向けに改良を施した自然言語処理(NLP)モデルを開発している。

一方、マイクロソフトのベンチャー部門M12は、既存の検査手順を管理、監視、自動化するプラットフォームを構築し、検査のシミュレーションや研究結果の自動記録、文書作成を担う生成AIツールを開発する米アーティフィシャル(Artificial)の2回のシリーズAラウンドでリード投資家を務めた。

マイクロソフトは23年、医用画像データの解析、インデックス作成、アーカイブ保管を手掛けるAIツールを開発する米フライホイール(Flywheel)のシリーズD(調達額5400万ドル)に参加した。さらに、スペインのバイオ製薬アルミラルと提携し、生成AIとアナリティクス(分析)ツールを使ってバイオ医薬品開発プロセスのオペレーションの最適化に取り組んでいる。

臨床機関との提携、生成AIで次に重視すべき点の理解を支援

マイクロソフトはAIを活用して医療・ヘルスケアの提供を推進し、患者アウトカムを改善し、医療プロセスを合理化するため、医療・ヘルスケア分野の様々な提携パートナーに支援と開発プラットフォームを提供している。

例えば、米在宅医療大手アトリウム・ヘルスはニュアンス・コミュニケーションズの「Nuance Dragon Ambient eXperience Copilot(ニュアンスDAX)」を使って問診時の会話を文書に自動記録することで、医師がそれぞれ1日最大40分を節約できたとしている。マイクロソフトも診療など実際の環境下でのテストと、膨大なデータセットで学習したAIアルゴリズム(計算手法)の改善というメリットを得ている。

米遠隔診療大手テラドック・ヘルスとの提携では、遠隔診療体験を改善する生成AIツールの構築に必要なAIとインフラの専門知識の提供に力を注いでいる。一方、エピックはマイクロソフトとの提携により自社プラットフォームに生成AI機能を組み込み、チャットボット(自動応答システム)による案内、検索機能の改善、ニュアンス DAXツールを使った問診時の会話の文書への記録を提供している。

マイクロソフトは23年、生成AIがどうすれば医療提供者や職員に最も大きな価値をもたらせるかを探るため、医療機関の米マーシー及び米デューク・ヘルスとの複数年に及ぶ提携を発表した。いずれも医療機関側がツールの調査と開発を主導し、マイクロソフトはAIの専門知識とサービスを提供する。米オクスナー・ヘルスもエピック及びマイクロソフトとの提携で開発した生成AIの対話ツールを試験導入すると発表した。

マイクロソフトは23年、ベトナムに拠点を置くビンブレイン(VinBrain)とも提携した。医療施設やインフラへのアクセスが最低限にとどまる農村部やへき地で使われる、生成AIを搭載した病理学ツールを開発するのが目的だ。

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