2024年5月31日、日産自動車は本社ギャラリーで記者会見を開き、先日公正取引委員会から指摘されていた下請け法違反勧告への対応と、「勧告後も値引き強要が続いている」という報道に関する調査結果を発表した。日産と、日産から調査依頼を受けた弁護士事務所によると、日産はサプライヤー(下請け企業)に対する話し合いと対応改善を続けること、「値引き強要」と言えるような事実は(勧告後は)確認できなかったとのこと。登壇した日産自動車の内田誠社長は「日産はサプライヤーの皆さんとともにある。話し合いと改善を続け、日産と一緒に仕事をしたいという会社を増やしたい」と語った。

文/写真:ベストカーWeb編集部

■公取委からの勧告以降、下請法違反は続いたのか?「確認できなかった」と調査結果

 まずは本件の概要をざっと説明したい。

 公正取引委員会は2024年3月7日、下請け企業36社(名)への支払い代金、約30億2300万円を不当に減額したとして、日産自動車に対して下請法違反として再発防止を勧告した。

 公取委によると、日産は2021年1月〜2023年4月のあいだ、エンジンやバッテリーなどを製造する下請け企業36社に対し、発注した代金から「割戻金」として一部を差し引いて代金を支払っていた。その総額は30億2367万6843円。

 日産はこの勧告を受け、同月13日にオンラインで記者会見を実施、内田誠社長は「社会に対して、また、関連の業界の方、すべての皆様に大変なご迷惑をかけたことをおわび申し上げます」と語り、原因について「法令に対する認識が甘かった」と説明。差額(30億2367万6843円)全額を対象の下請け企業へ改めて支払ったと発表した。

横浜の日産グローバル本社で記者会見を開いた日産自動車と、本件の調査を実施した長島・大野・常松法律事務所。調査結果によると「公取委からの勧告以降の違反は確認できなかった」とのこと

 そんななか、5月10日、一部報道番組が(公取委からの是正勧告があったにも関わらず)「日産からの値下げ圧力が止まっていない」という取材結果を報じた。

 番組によると、日産から一定の減額率を記載された発注書が届き、毎年定額の値下げを要求される、日産担当者から「当社の目標は〇円以下」、「長いつきあいだからといっていつまでも仕事をもらえると甘く見るなよ」などと告げられ、ほぼ30%、ひどいときは50%の減額を求められたとのこと。

 この報道を受けて、5月17日、斎藤健経産大臣が「勧告を受けたにもかかわらず、是正されていないのであれば極めて遺憾」とコメントするなど、事態が拡大した。日産内田社長は「すみやかに調査する」として、社内調査チームを立ち上げた。

 こうした状況のなか、本日(5月31日)、日産は本社(神奈川県横浜市)で長島・大野・常松法律事務所と共同で記者会見を実施。

 内田社長は、日産のサプライヤーから(取引に対して)不満の声が上がっていることに対して深く反省し、対応を続けることを約束。

 そのうえで、本件調査にあたった長島・大野・常松法律事務所によると、「一部の試作部品に対して毎年減額率(6%)を記した発注フォーマットがあったこと」、「日産からの目標金額を示したメールがあったこと」などは確認されたものの、契約は一部試作品のプレス部品への限定的かつ両社の話し合いのもとでの契約であり、また量産車部品に対する恒常的かつ自動的な原価低減を要求する発注フォーマットは見つからず、「ほぼ30%、ひどいときは50%」というような圧力をともなう大幅な減額要求も確認できなかった(つまり「下請法違反が継続している、という状況は確認されなかった」)とのこと。

(※今回の調査は日産の購買担当者260名のメール内容、延べ46回のヒアリング結果であり、たとえばこの調査範囲をサプライヤー企業等に広げた場合は、別の見解が出る可能性もある点には留意したい)

■「もう(下請法違反の値下げ要求は)ない」と言った意味

 自動車業界は厳しい競争に晒されている。価格競争力を確保するためには部品購買費を下げる努力は不可欠だし、そのいっぽうで自動車メーカーは優れたサプライヤー抜きにクルマを作ることはできない。

 この「競争力確保」と「下請け保護」を高い次元で両立させることが、自動車メーカー購買部門の重要な役割となる。

 こうしたなか、もう10年以上前の話だが、自動車メーカーは下請け企業に対して「毎年4%ずつ原価低減してほしい」というような要求をしている……という話が、なかば常識として存在した(自動車用工業製品は量産効果が高く、また系列をまとめる自動車メーカーの発言力が強かったため、こうした交渉や契約が一部可能だった)。しかしこうした一方的で自動的な値下げ契約は、近年の原材料高騰や人件費の向上により無くなった……と言われていたが……。

「サプライヤーさんとの価格交渉は、一社一社、部品ごとに話し合っており、現在、1年ごとに自動的に決まった割合で値下げする、というような契約はありません」

 記者からの質問にそう回答したのは日産自動車の長谷川博基専務執行役員(購買担当)。

 日産は公取委からの違反勧告以降、

◎インフレ等によるコスト上昇に対する取引先の経済的負担を軽減する対応を迅速化

◎割戻金制度を撤廃し、メーカーが取引先の現場で共にコスト競争力を高める

◎開発費の別建て払いなど、台数の変動に伴う取引先の経済的負担を軽減する措置を拡充

 などの取り組みを進めているという。これに加えて、取引先向けのホットラインを設けて、取引先からの相談・通報を受け付ける仕組みを(社外に)設置し、また社長直轄の「パートナーシップ改革推進室」を設置し(職員20名程度)、取引先からの困りごとや要望を聞いて協議や対応、改善につなげる部署とすることを発表した。

記者会見会場で配布された、日産の「さらなる取り組み」内容を示す史料。ホットラインと「パートナーシップ改革推進室」の設置が目玉

「今回の調査では(「下請法違反となる減額要請」を引き続き行っていたという話は)出てこなかったが、しかし一緒にクルマ作りをしてゆく仲間であるサプライヤーさんから不満の声があったという事実は重く受け止めたい。日産のクルマ作りはサプライヤーさんとともにあります。話し合いと改善を続けて、一社でも多く、日産と一緒に仕事をしたいと思ってもらいたい」

 と語ったのは、日産の内田社長。購買部門出身だ。今回の下請法違反勧告を受けて、月次報酬の30%を自主返納する(3か月間)ことも明かされた。

「もう下請法違反はない」という内容で、内部調査ではそのとおりなのだろうが、懸念もある。自動車産業は裾野が広く、仮に一次下請けで「そういう値引き交渉」は無くなったとしても、二次請け、三次請け、四次請けで続いている可能性はある。

 たとえば三次請け企業が四次請け企業に向けて「日産さんからの値下げ要求がキツくて、部品の価格を下げてくれないと取引を続けられない」と言った場合、その責任は源流である日産にあるのか。仮にあったとしてどのような責任の取り方が適当か。改善できる有効な手段はあるのか。

 今回の会見で、内田社長みずから「もう(下請法違反の取引は)ない」と発表した意義は大きい。今後、日産の下請け企業で不当な値下げ圧力を受けた会社は、すぐ公取委やメディアへ通報するだろうからだ。

 日本の自動車産業全体のことを考えると、各メーカーの「商品競争力強化」と「サプライヤー保護」の両立は悩ましく、難しく、健全化を訴え続ける必要がある問題だ。正直いって、下請け企業に対して日産自動車よりももっとずっと厳しい値下げ要求をしている自動車メーカーの話はよく聞く。悪いのは値下げ要求ではなく、不当で根拠の薄い値下げ要求であり、この見極めが難しい。

 日産自動車によると、本件はこれで終了というわけではなく、さらなる調査と改善と話し合いが続くという。「日産はこんなこと言っているけど、うちはいまだに日産からガンガン値下げを要求されているぞ」という話が出ないことを祈りつつ、もしありましたら公取委や当編集部へお知らせください。

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