多くの業界でそうであるように、自動車業界でも「これは歴史的に見て成功しない」ということは多い。が、そこにあえて挑戦し(華々しく散っ)たクルマもまた多い。ここではそんなクルマたちの運命を振り返る。(本稿は「ベストカー」2013年4月26日号に掲載した記事の再録版となります)

文:編集部

■5気筒エンジン搭載車

トヨタ ランドクルーザー70(5気筒Dの設定は1990年~1994年)…3.5L直5ディーゼルはプラドではないハードユースに使われるランクル70に搭載された。エンジンの成り立ちは4.2L直6ディーゼルをカットしたもの。
ホンダ 2代目インスパイア(1995年~1998年)…ビガーの後継となる兄弟車のセイバーと共に登場。2L、2.5Lの5気筒エンジンに加え、当時のレジェンドと同じ3.2L V6エンジン搭載車もラインアップしていた
ホンダ 2代目アスコット(1993年~1997年)…初代インスパイアの基本構造を使った「室内の広いセダン」として登場(その割にミッションが室内に飛び出しているが)。縦置きエンジンで小回りが利くことも魅力

●最初は成功したが、最終的には挫折

 いいほうに解釈すれば「4気筒の軽さ小ささと、6気筒のスムーズさ・静粛性を併せ持つ」というメリットを持つ5気筒エンジンはヨーロッパではアウディやボルボなどが持っており、日本車でもホンダとトヨタ(こちらはディーゼル)が生産していた。

 ホンダは初代インスパイア&ビガーで初採用(6気筒はレジェンドやNSXに搭載されたV6があり、2~2.5Lは5気筒という面もあったもよう)され、当初は成功。

 しかし、それ以降のモデルはクルマそのものの魅力が薄くなったこともあり低調に。5気筒エンジン自体もS2000用に使うという案もあったようだが、性能要件を満たせず、結局採算が取れたのかも不明なまま(ホンダの5気筒は縦置き用で駆動系が複雑だったこともあり高コスト)消滅した。

 5気筒エンジンは裏を返せば「すべてが中途半端」と考えることもでき、そのせいもあって廃れてしまったのだろう。

■3人乗り×2列ミニバン

日産 ティーノ(1998年~2003年)…前3人掛けはなんとマイナーチェンジで消滅してしまった。3ナンバー幅で、100台限定でハイブリッドも販売された
ティーノ(1998年~2003年)
ホンダ エディックス(2004年~2009年)…前3人掛けシートはチャイルドシートに座った子供を真横に座らせられるのも大きなメリット。シートベルトはシート内蔵式
ホンダ エディックス(2004年~2009年)

●ティーノ・エディックス 日本ではこの2台だけで挫折

 ヨーロッパではムルティプラが提案したこの種のミニバンに、ムルティプラ登場の直後に日本車でもティーノが挑戦した。

 ティーノはベンチシートで前3人掛けとなっており、前席中央の乗員の快適性がイマイチだったことやクセの強いスタイルだったこともあり失敗。ティーノの生産終了翌年に登場したエディックスは乗員全員分に独立シートを用意し、6人乗車時の快適性も問題なかったにもかかわらずこちらも失敗。

 2台が失敗に終わった要因としては、日本でミニバンといえば3列シートというのが定説だったことや、この2台を買う予算があればウィッシュのような5ナンバーミニバンも買えることも大きかった。

 3人が前席に乗れる楽しさも捨てがたいものなのだが……。

■テールが下がったリアデザイン

日産 2代目ブルーバード(1965年~1971年)…SS、SSSも設定されるスポーツセダンという顔もあったのだが
日産 9代目ブルーバード(1991年~1995年)…日本向けには保険としてARXと呼ばれるハードトップも設定された
日産 レパードJフェリー(1992年~1996年)…全体的にこのクラスとしては割り切ったパーソナルセダンだった

●ことごとく挫折……

 日産が挑戦していたことのある尻下がりのデザインの元祖は2代目ブルーバードである。当時日産はピニンファリーナと契約し、ベストセラーカーだったブルーバードのデザインを依頼。

 ところが今になれば流麗なデザインも、当時クルマが普及していなかった日本では理解されず不評に。410ブルーバードの後、再びピニンファリーナにデザインを依頼した2代目セドリックも同様の結果となった。

 日産が再び尻下がりのデザインに挑戦したのは9代目ブルーバードのセダン系だ。9代目ブルーバードはアメリカも大きな市場だったこともあり、セダン系はNDI(アメリカのデザインセンター)のデザインを採用。

 中身は申しぶんないクルマだったが、販売はまたしても振るわず。同時期にアメリカをメインマーケットに開発されたレパードJフェリーも日本では失敗作となってしまった。

 今後尻下がりのデザインに挑戦するメーカーはあるのだろうか?

■グリルレスの高級車

日産 インフィニティQ45前期型(1989年~1993年)…グリルレスのフロントマスクに付くエンブレムはなんと七宝焼きで、コストも高い。4.5L V8エンジン、アクティブサスの搭載などで、スポーツ性はBMW7シリーズ以上だったのだけど……
日産 インフィニティQ45後期型(1993年~1996年)…マイナーチェンジでグリルが付いた要因としては、前期型のユーザーがアフターパーツのグリルを付けるケースが多かったことも大きいようだ。Q45は2代目モデルからはシーマに移行した

●一度きりの挑戦で挫折

 今も昔も通じる「高級車になるほど立派なグリルが付いている」という常識を打ち破るべく、高級車でありながらグリルレスを採用したのがインフィニティQ45だ。

 結果はクルマ自体が高級車としてはスポーツ性に振り過ぎた面はあるにせよ、高級に見えないフロントマスクの責任も大きく大失敗に。

 登場から4年後のマイチェンで立派なグリルを付けたところ、販売がある程度回復したのだから、グリルレスの責任は大きい。今後も十中八九はグリルレスの高級車は販売されないだろう。

■日本ではピックアップトラックは売れない?

日産 10代目ダットサントラック(1997年~2002年)…自動車黎明期を含むと67年間、10世代のモデルが日本で販売された。テラノのベースにもなり、現在はアメリカなどで生産されるフロンティアが後継
トヨタ 6代目ハイラックス(1997年~2004年)…日本向けとしては最終となる6代目モデルは2人乗りのシングルキャブ、2人+補助シートのエクストラキャブ、5ドアのダブルキャブを設定
三菱 トライトン(2006年~2011年)…ストラーダの後継となるトライトン。日本仕様はタイ製で、エンジンは3.5L V6を搭載。海外では荷台をキャノピー付きにした仕様もよく見かける

●堅調な需要があったが低迷

 かつてピックアップトラックは日本でもそれなりに需要があり、車種も豊富であった。しかし、ステーションワゴンやSUVといったRVの増加により存在意義が希薄となり、車種も激減。消滅状態となっていた時期に三菱がトライトンを投入するが振るわず(ディーゼルがなかったことも影響)、日本でピックアップトラックは現在販売されていない。

■日本人にスペシャルティな軽を買う余裕はない?

ホンダZ(初代、1970年~1974年)…前期型はN360、後期型はライフがベースで、エンジンも空冷と水冷が存在。4人が充分乗れたという。Zの車名は1998年の軽SUVで復活している
ダイハツ リーザ(1986年~1993年)…ベース自体は当時のミラだが、ホイールベースを短縮したうえに着座位置も低くするなど、仕込みは意外に入念。2人乗りオープンのスパイダーも販売された
ダイハツ ソニカ(2006年~2009年)…全グレードがターボエンジンを搭載し、キーフリーシステムも標準装備するなど、スペシャルティに加え高いプレミアム性も狙った軽自動車だった
スズキ 5代目セルボ(2006年~2009年)…ソニカとは対照的に、NAエンジンのエアロパーツなしという普及仕様も設定していたセルボ。直噴ターボ+CVTというゴージャスな仕様である“SR”も用意

●1990年代初めまではそれなりに成功したが、最終的に挫折

 軽自動車のバリエーションが広まり始めていた1970年代、実験的な意味も含まれていたのか、スペシャルティな軽が登場し始めた。その元祖は「水中メガネ」と呼ばれたホンダZだった。

 Zはホンダが軽自動車から一時撤退したため短命だったが、スズキが歴代のセルボで2ドアファストバック、3ドアハッチバックを、ダイハツもリーザをラインアップし、1990年代初めまではまずまずのセールスを記録した。1990年代中盤以降は景気後退もあり絶滅状態となっていたが、1906年に5ドアHBではあるが広さよりカッコよさを優先したソニカとセルボが登場し、このジャンルが復活。

 しかし、ユーザーはやはりコスパや、スタイルより広さが大切なのか、結果は振るわず2台とも登場から3年で姿を消してしまった。

■軽枠より小さいシティコミューター

スバル R1(2004年~2010年)…ベースとなったR2よりホイールベースも短く、スポーティな性格だったR1
トヨタ iQ(2008年~)…カタログモデルに加え、SCのGRMNも限定販売するなど奮闘しているiQ

●挑戦は続いているが、挫折が濃厚?

 ヨーロッパでは全長3m以下のシティコミューターに優遇措置があるため普及も進んでおり、日本でもツイン、R1、iQが挑戦。

 軽の2台は絶版となり、iQは現在も販売されているが、販売は低迷。理由は明白で、日本では優遇措置もなく、価格も決して安くない。だったら普通の軽のほうが4人乗れて実用性が高いということなのだろう。次期iQはあるのか興味深い。

■5ドアセダン

三菱 4代目エテルナ(1988年~1992年)…4ドアがギャラン、5ドアがエテルナだったのに、4ドアのエテルナSAVAも追加
トヨタ 2代目プリウス…(2003年~2009年)…後方視界は若干悪かったが、使い勝手のよさも評価され、現行モデルも5ドアだ

●挫折の連続だったが、今や当たり前の存在に

 ヨーロッパでは人気の5ドアセダンだが、日本では今でいうCセグメント以上は「トランク付き」という常識の壁は大きく、コロナなど多くのセダンに5ドアも設定されたが、どれも鳴かず飛ばす。

 しかし、2代目プリウスが「空気抵抗低減のため」という理由もあり5ドアとなったところ大ヒット。今では何の抵抗もなく受け入れられている。

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【番外コラム】ジンクスに打ち勝ったクルマはあるか?

 ジンクスには敗れたクルマがほとんどだが、打ち勝ったクルマというのも少数ながらある。

 ひとつめが3ナンバー専用車。1989年までは3ナンバーというだけで自動車税や任意保険が高額だったため、クラウンですら5ナンバー車が主流だった。しかし、初代ディアマンテはこの2つの見直しと合致するタイミングに登場という追い風もあり大成功を収めた。

 アテンザは1990年代までは多くの車種があったディーゼルのセダンに果敢に参入。成功は言うまでもない。ディーゼルのセダンは徐々に減少し絶滅が続いていただけに、この成功は凄い!

三菱 初代ディアマンテ(1990年~1995年)…3ナンバー専用車とすることで堂々としたスタイルを実現。2Lに対し自動車税5000円増しですむ2.5Lの商品性は特に高かった
マツダ 3代目アテンザ(2012年~)…アテンザ全体の80%を占めるほど売れているSKYACTIV-D。クルマ好きにはディーゼル+MTの設定も大好評

(写真、内容はすべてベストカー本誌掲載時のものです)

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