最近は鉄道会社やバス事業者がいわゆるカスハラ被害に対して毅然とした態度を取ることを表明し始めている。昔はそんな問題は表立ってニュースにはならなかったが、こうなった理由は時代や人の変化の他にもサービスを勘違いした事業者にもありそうだ。

文/写真:古川智規(バスマガジン編集部)
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■独自の法執行機関を持っていた国鉄

バス運転士はすべて一人で対応しなければならない苦労がある

 昔は鉄道の代表的な事業者は言わずと知れた日本国有鉄道(国鉄)だった。独立採算制とはいえ、国営なので国鉄が管理する敷地内の治安維持は警察ではなく自前で法執行機関を保有していた。

 それが鉄道公安職員で、鉄道公安官ともいわれた。現業機関の運転士や車掌、駅員とは別に組織された国鉄内部の法執行機関で、司法警察権を持っていた。おどろくべきは警察と同じ機動隊まで持っていた。

 国鉄敷地内の警察権のみを行使したため、主に列車警乗やスリ、痴漢、不正乗車等の対応や多客期の警備や旅客整理にも当たっていた。テレビドラマにもなったくらいだ。

■逮捕できた?

 鉄道公安職員は国鉄職員だが運輸大臣(現在の国土交通大臣)の指名により司法警察権が付与されたので、警察官と同様に捜査や令状を請求しての被疑者の逮捕、同じく令状を請求しての捜索差し押さえができた。

 勾留権限はないので捜査後の被疑者は検察官に送致した。駅や車内で現在でいうカスハラ事件が発生した場合は、現業機関から連絡を受けた鉄道公安官が臨場し引き渡された。

 余談だが、いわゆる鉄道公安官以外にも国鉄の駅長や助役、指名された車掌(主に列車長や乗客専務)や自動車区長(国鉄バス)にも特別司法警察職員としての権限があった。当該職員の制服には司法警察職員としての徽章が付けられていた。

 列車や駅構内でも独自の制服を着た公安官が巡察していたので、国民は暴動等の一部の例外を除いてあまり無茶なことはしなかった。それが分割民営化で民間会社が法執行機関を保有するのはおかしいので、都道府県警の鉄道警察隊が発足し治安維持を図ることになった。

■私鉄には関係ない話だが……

 以上の国鉄の事例は国鉄との相互乗り入れ等の理由による一部の私鉄を除いて、基本的には関係のない話だが、国鉄が治安維持に自前で法執行機関を持っていたので、私鉄においても同様に(カスハラという点においては)治安は悪くなかった。

 時代は下り国鉄が分割民営化され、JRを含めたサービス合戦が始まると、傘下のバス部門や事業者も同様にサービス合戦に入っていく。

 この長いサービス合戦は利用者にとっては運賃や料金の値下げ、便数の増加、設備のアップグレード、駅施設の拡充等の恩恵をもたらした。同時に鉄道会社は運輸業からサービス業という位置づけに変化させたあたりからおかしくなったような感がある。

■お客様は神様なのか?

運賃を払っている乗客には違いないが…

 事業者は運輸業からサービス業としての位置づけに一段と重きを置き、それは「お客様は神様」という論理がまかり通る風潮になった。乗客の無茶な理論や無理難題、いわれのないクレームや八つ当たり等々、そのひどさは時代とともに増していく。

 もはや鉄道会社やバス事業者ではそれらのクレーム対応に対して事実関係を調査して適切に対応する能力はなく、ただひたすら平謝りでその場をやり過ごす事例が多くなっていく。このお客様は神様という一見正当な論理が、勘違いや行き過ぎにより事業者も乗客も双方にとっての間違いのもとだった。

■現業職員の威厳の低下

 このような時代の流れでは負の連鎖で、言ったもの勝ち、クレーム常習、ひどい場合には実力行使という流れになっていき、被害を被る現業機関の職員は鉄道会社をはじめとする運輸業に対しての職業としての魅力も失わせた。

 それは就職先の人気職種からの陥落に見て取れる。2024年の就職情報会社の調査によると、就活を始めた段階での志望業界上位10位に鉄道・航空業界は入っていない。

 実際にエントリーした業界でようやく10位に入り、選考を受けた業界ではやはり10位に入らない。最終的な志望業界となると、当然ながら10位以内には入っていない。昔の駅員や車掌は威厳があったし、むしろ怖かった感さえある。運輸業としての誇りからだろうが、とても文句を言おうとは思えない空気があった。

 サービス業だと言ってしまえばそれまでかもしれないが、今となっては「誰得?」なのは明らかだろう。勘違いしたサービス業化がもたらした悲劇としか言いようがない。

■お願いしまーす! ありがとうございましたー! の一言が残るバス

運賃で受けるサービスは輸送であることを知るべき

 それでも文化として残っている「光」もバスにはある。運転士に「お願いしまーす!」や「ありがとうございましたー!」とあいさつする乗客はまだ多い。特に子供に多い気がするが、誰がそんな教育をしたのか。おそらく保護者を見てのことだろう。別にそれを励行することを推奨するつもりはない。

 しかし、このようなバス独特の文化がもっと広がれば、鉄道会社やバス事業者がカスハラ事件で厳格な態度を取ると改めて表明しなくても、和やかに気持ちよく乗れるのにと感じる。もっとも鉄道の場合はみどりの窓口閉鎖や自動改札化により駅員と接する機会もないので昔のようになることはないだろう。

 しかし今一度、乗客は偉いのではないことを知るべきだ。運賃を払っている「旅客」には違いないが、対価を払って受けることができるサービスは約款により「目的地までの安全で確実な輸送」であり、それ以上でも以下でもないことを認識する必要がありそうだ。

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