6月27日、ヒョンデが釜山国際モビリティショーでAセグメントのBEV『キャスパー・エレクトリック』を発表した。韓国外では『インスター』を名乗る。輸出先のメインは欧州のようだが、日本に導入されたら、日産の軽EV『サクラ』もウカウカしていられなくなる…かも?
◆理由1:程よいコンパクトサイズ
そもそもキャスパーは韓国の軽自動車規格「軽車=キョンチャ」に準拠したクロスオーバーSUVで、2011年に登場。全長3595mm、全幅1595mmはそれぞれ規格の上限に合わせた寸法だ。全高は1575mm。エンジンは76psまたは100psの1リットルを積む。
ヒョンデ キャスパーそんなキャスパーにBEV仕様が追加されるという噂は、以前からあった。しかし釜山でデビューしたインスターは、たんなるキャスパーのEV版ではない。3825mmの全長はキャスパーより230mm長く、2580mmのホイールベースは180mm長いのだ。
キャスパーをベースにホイールベースと全長を延ばしたインスター。写真を見比べると、インスターのほうがリヤドアが長く、Cピラーが太い。ホイールベースの延長に伴って、Bピラーから後ろを新設して後席と荷室を広げたわけだ。さらにフロントとリヤのスキッドプレートを、より立体的な形状に変更。ここに50mmを使って、全長が+230mmになった。
日本のクロスオーバーと比較すると、ハスラー/タフトとロッキー/ライズの中間サイズ。いちばん近いのはスズキ・クロスビーだろう。日本で軽の税制恩典はもちろん受けられないが、取り回しやすいコンパクトカーが欲しい人には程よいサイズ感かもしれない。
◆理由2:2万5000ユーロを切る価格
世界的にBEV販売が伸び悩むなか、欧州では2万5000ユーロ以下の低価格BEVが注目されている。9月に発売されるシトロエンの新型『e-C3』は2万5000ユーロを切るスタートプライスになる見込み。さらにフィアット『パンダ』、VW『ID.2』、シュコダ『エピック』、BYD『シーガル』など、この低価格セグメントに向けたBEVが続々と登場しそうだ。
ヒョンデ本社がリリースした画像には、こんなものも。いかにもヨーロッパ的な街並みとインスターの合成写真だ。円を描くDRLの中央にLEDヘッドランプがある。ヒョンデ・インスターも当然、そこに参戦する。まず今夏に韓国内と欧州で発売し、続いて中東、アジア太平洋地域に展開するする予定。プレスリリースに価格への言及はないが、米国自動車業界紙のAutomotive Newsは、6月26日付けの電子版でインスターの事前情報を報じるなかで、「ヒョンデは欧州での価格が2万5000ユーロ以下になると約束した」と記した。
欧州では中国製BEVに高い関税をかけようとしているが、その一方でBYDがハンガリーにBEV工場の建設を決め、チェリーはスペイン・バルセロナの旧日産工場で年内にBEVの生産を始める。さらに、ステランティスが中国新興BEVメーカーであるリープモーター(2015年創業)の小型BEVを9月からポーランド工場で生産するなど、今年になって中国製BEVの欧州現地生産の動きが活発化してきた。現地生産なら高い関税を回避できる。
欧州の自動車業界は2万5000ユーロ以下の低価格BEVを、需要の伸び悩みを打破する「ゲームチェンジャー」と期待する。しかし、この新しい市場が中国勢に席巻されたら元も子もない。それはヒョンデにとっても同じだ。北米、韓国に次いで欧州はヒョンデの3番目の市場であり、総販売台数の2割近くを占める。インスターは言わば欧州BEV戦略車。だから国内と同時に欧州でも販売を始めるのだろう。
◆理由3:航続距離は355km
ホイールベースを延ばしたのは、床下にバッテリーを積むため。インスターは標準仕様で42kWh、ロングレンジ仕様で49kWhの三元系リチウムイオン電池を搭載する。リン酸鉄系よりコストの高い三元系をあえて選んだのは、搭載スペースの制約ゆえだろう。三元系のほうがエネルギー密度が高い。
駆動モーターは標準仕様が71.1kW(97ps)、ロングレンジが84.5kW(115ps)。WLTP基準の一充電航続距離は、まだ推定値ながらロングレンジで355km(15インチタイヤの場合)を標榜する。欧州でも充分に通用しそうな航続距離だ。
11kWの車載充電器を標準装備。120kWの急速充電器を使えば、約30分で10%から80%まで充電できるという。充電リッドは黒いグリルにある。一方、ロングレンジ/15インチのWLTC電費は153Wh/km(約6.5km/kW)。日産サクラは124Wh/km、フィアット『500e』は128Wh/km、BYDドルフィンは129~138Wh/kmだから、インスターの数字は見劣りするように思えるが、日本のWLTCは本来のテストサイクルからエキストラハイと呼ばれる最高131km/hに達する高速領域を除外している。海外と日本のWLTC電費を単純比較はできない。
BEVは速度が上がるほど電費が悪化する。内燃機関より効率が高いがゆえに、速度の二乗で増大する空気抵抗が電費に現れやすいからだ。もしもインスターが日本導入され、日本版WLTCで計測したら、電費はもう少し改善されるだろうし、航続距離は370kmぐらいまで伸びる・・かもしれない。
◆理由4:日本車にライバルなし
欧州で2万5000ユーロ以下のBEVがトレンドなら、いずれ日本メーカーもそこを狙って小型BEVを出すと期待はできる。しかし現状は、軽自動車の日産サクラ/三菱『eKクロスEV』の上を見たら日産『リーフ』までBEVがない。インスターに近いサイズのBEVはミニ『クーパーS』やフィアット500eなどの輸入車があるだけだ。
インスターは台形フォルム。ボディサイドの基本面を前後に絞り込みながら、フェンダーを張り出させている。BEVという枠を外してデザインだけを見ても、インスターは他にはない個性の持ち主だ。台形の基本フォルムに前後フェンダーをクッキリと張り出させたその姿は、コンパクトなボディを力強く見せる。とくにリヤフェンダー形状は独特だし、左右の大きな円形ランプを長円で括ったフロントとリヤのグリルは強烈に個性的。日本車にはないアグレッシブなデザインである。
インパネには2つの10.25インチ・ディスプレイ。シフトはコラムレバーで操作するので、ベースのキャスパーよりコンソールを小型化してサイドウォークスルーを可能にしつつ、そこにスマホの充電トレイを組み込んでいる。インテリアを見れば、ドライバー正面に10.25インチのフルカラーディスプレイ、インパネ中央に同じく10.25インチのタッチスクリーン。ターンランプをオンにすると、そちら側の斜め後方画像がドライバーディスプレイに表示されるのは『アイオニック5』や『コナ』と同じだ。日本車ではBセグメント以上でしか望み得ない、車格を超えた先進装備がそこにある。
◆理由5:工場のトップが「銀座」に言及
もともとキャスパーは韓国だけ、ガソリンだけのモデルだった。それを生産するのはヒョンデ本体ではなく、韓国南西部の光州広域市に2019年に創立された光州グローバルモーター(略称GGM)だ。光州広域市政府、ヒョンデ、地元企業などが出資する合弁工場であり、2011年からキャスパーを生産している。
ヒョンデにとって最新鋭工場のGGMは年産7万台の能力を持つが、昨年のキャスパーの販売台数は前年比5%減の4.5万台。稼働率は65%程度にとどまっている。インスター/キャスパー・エレクトリックが加われば稼働率が大きく改善されそうだが、GGMはそれを急いではいないようだ。
韓国紙のMaeil Business Newspaper(毎日経済新聞)は2月6日付けの電子版で、「GGMでキャスパーのBEV仕様のテスト生産が始まった」と報じた。記事によると、今年の生産目標は4万8500台で、年の後半に生産する2万4500台の70%、つまり1万7000台がBEV仕様になるとのこと。全体の台数を微増に抑えながら、国内専用車のキャスパーからインスター/キャスパー・エレクトリックに軸足を移すというわけだ。
記事にはGGMのヨン・モンヒョンCEOのコメントも紹介されていた。拙訳で引用させていただくと、「電気自動車のテスト生産を本格化することで、GGMは国際市場で戦う基盤を築いた。完璧な品質を確保して、我々の夢を実現する。それはキャスパーの電気自動車がパリのエッフェル塔の前を走り、ローマやロンドンなど海外の街を疾走し、そして日本の銀座の道を駆け抜けることだ」
そう、インスターは日本にやってくる。
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