ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。第33回となる今回は、2024年7月に発表されたスズキの「10年先を見据えた技術戦略2024」について。スズキの行動理念にしっかりと紐付けられた10年先への“挑戦”を、アナリストはどう見たのか。
※本稿は2024年7月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:トヨタ ほか
初出:『ベストカー』2024年8月26日号
■10年先を見据えた技術戦略、その5つの柱
2024年7月17日、スズキは10年先を見据えた技術戦略を発表しました。
登壇した鈴木俊宏社長は「小・少・軽・短・美(しょう・しょう・けい・たん・び)」のスズキ理念に基づき、エネルギーを極少化し、排出するCO2を極限まで少なくすることで、カーボンニュートラルな世界の実現と世界中の人々に移動の喜びを提供する技術哲学を宣言しました。
軽量化を再加速させて投入エネルギーを削減。必要な電池・モーターを小さくし、燃料、材料、リサイクル負担をも削減できる「天使のサイクル」を作り出すということです。
技術戦略として5つの柱を立てました。
1)車両の軽量化を実現する「HEARTECT(ハーテクト)」の進化、
2)バッテリーリーン(搭載量を抑える)なBEV/HEV開発、
3)ガソリンに加え、バイオガスやバイオエタノールなどのカーボンニュートラル燃料を効率よく燃焼させるエンジン技術、
4)ソフトウェア時代のアフォーダブルな「SDVライト(right=ちょうどいい)」、
5)リサイクルしやすい易分解設計
です。
筆者が注目したポイントは3点あります。
■車両軽量化「HEARTECT(ハーテクト)」の進化
第1に、車両軽量化「HEARTECT(ハーテクト)」の進化です。スズキは7代目アルト以降、車重の軽量化に努めてきました。
10年前の8代目アルトで120kgの軽量化を実現し、次世代では100kgの軽量化にチャレンジします。
板厚の異なる複数の鋼板を一度にプレスする一体成型、2ギガ級の超ハイテン材を加熱するホットプレス成形など、車体成形技術を一段と磨き込む方向です。車重580kgは画期的な水準です。
ここに衝突安全性や予防安全が加われば「天使のサイクル」が始まるのです。
■画期的なHEV技術「スーパーエネチャージ」
第2に、現在主軸としている12Vマイルドハイブリッドのエネチャージを48Vの「スーパーエネチャージ」へ進化させる画期的なハイブリッド技術です。
スーパーエネチャージはBEV走行を可能とし、さらなる低燃費を実現するストロングのようなマイルドハイブリッドなのです。
地域によってストロング、マイルドと、モーターのアシスト領域とBEV走行レンジを自在に制御でき、日本、インド、欧州という幅広い地域と車種への対応が可能となります。
ストロング、マイルドと分類する常識を破る画期的な48Vハイブリッドシステムです。これが実現できるのも先述の「小・少・軽・短・美」を体現した軽量プラットフォームの成果があってこそなのです。
従来、軽自動車のストロングハイブリッドはコストとスペースの両面から困難だと思われてきました。
2030年の日本の燃費規制をクリアするには相応の比率で軽BEVの販売拡大が必要だと考えてきましたが、既成概念を破る新技術です。
BEVに依存しないでもハイブリッドを展開しマルチパスウェイ的なアプローチでクリアできる道を開いたといえます。
エンジンは燃費性能を高めた1.2L 3気筒エンジン「Z12E型」をベースに開発が進められます。
スズキが高い市場シェアを有するインドは天然ガス、バイオエタノール、バイオガスなどさまざまな燃料を活かした独特のエネルギー転換政策を進めています。
Z12E型エンジンはこういったカーボンニュートラル燃料を効率的に燃焼させる技術を発展させ、それを先述の48Vスーパーエネチャージと組み合わせていく考えです。軽、A、Bの3つのサイズのプラットフォームへこのハイブリッドを展開します。
また、それらとソフトウェア、コンポーネンツを共有したBEV専用のプラットフォームも開発します。この4つのプラットフォームの車両はどの工場でも混流生産が可能となります。
どのパワートレーンが主力にきても柔軟に対応可能です。これは、トヨタが主張するHEV、PHEVからBEVをカバーする「マルチパスウェイプラットフォーム」の概念と酷似しています。
■アフォーダブルな「SDVライト(right=ちょうどいい)」の提案
第3に、スズキらしいアフォーダブルな「SDVライト(right=ちょうどいい)」を提案していることです。SDVとは「ソフトウェアデファインドビークル」の略語で、ソフトウェアがクルマの価値を作り出す重要な技術トレンドです。
テスラや中国ブランドがその代表例で、OTA(通信を用いたソフトウェアアップデート)を頻繁に用いて魅力的な顧客体験と斬新な価値を提供しています。
ただし、高額なコストがかかります。生活の足である国内の軽自動車や所得水準がまだ発展中のインドでは違う価値が求められるでしょう。ちょうどいいSDVの価値をスズキは創造する考えです。
グローバルで標準化されている機能は統合ECUで括っていきますが、コックピットやADAS(先進運転支援)のように世界で需要が異なる機能はあえて括ることを避け、個別ECUで制御する。
そのなかで、ちょうどいい価値と価格を提供する考えです。インド市場を熟知しているスズキはこれが正しい方向性だと考えています。
■トヨタに劣らぬ全方位戦略
素晴らしい技術の方向性を発信したのですが、リリースにはこういった技術詳細が充分とは言えません。
発表現場においては、詳細な技術展示と担当本部長らの熱い説明がありました。スズキはなぜこれら開発技術を前面に押し出した発表を行わないのか正直不思議でした。
トヨタに劣らぬスズキらしいマルチパスウェイ戦略の真価は伝わりづらいなと感じます。
閉塞感漂う国内自動車産業にとってインドを支配するスズキは大きな希望です。古びたやり方を改め、情報発信においてトヨタの「したたかさ」も見習ってほしいものです。
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