ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。第34回となる今回は、中国市場での販売減少に歯止めのかからないホンダが、EV攻勢を仕掛け続けることの意味を読み解く。
※本稿は2024年8月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:ホンダ ほか
初出:『ベストカー』2024年9月26日号
■2020年を境に、すべてが変わり始めた
第1四半期(4~6月期)の決算において、国産乗用車メーカー8社合計の営業利益は2兆2051億円に達し、前年同期から13%も増加しました。
ところが、日産自動車は同99%減の10億円に落ち込み、ひとり負けの様相。昨年後半以来、米国販売戦略が裏目に出たことで在庫が増加し、販売奨励金(インセンティブ)の上昇に歯止めがかからないようです。
日産の凋落ぶりに驚きを隠せなかったのがホンダでしょう。なにせ、命運をかけて日産とアライアンスの交渉しているわけですから、相手がこければ逆に足かせとなります。
ホンダは過去最高益を更新し、業績は絶好調です。ただ、今回の決算でホンダにも大きな不安が台頭しました。中国での販売減少に歯止めがかからないのです。今期の中国での販売台数を22万台も下方修正して発表しています。
中国の自動車産業はふたつのメガトレンドに乗っています。
ひとつは、EVとプラグインハイブリッドを含めた新エネルギー車(NEV)の大普及です。
新車販売に占めるNEVの構成比は2021年に16%に過ぎなかったものが、2023年は38%、今年は40%を超えて、来年は50%にも達すると言われています。
NEVの競争力で歯が立たない日本車は、半減した伝統的ガソリン車(ICE車)市場で窮屈に戦い合っているのです。
ふたつ目はインテリジェント・コネクテッドビークルの人気です。
音声認識で多くの操作ができ、高度運転支援システムを有し、自分のスマートフォンと連携する。我々がソフトウェア・ディファインドビークル(SDV)と呼ぶテスラのようなクルマです。
このようなSDVが大衆車価格で提供され始め、中国の若者の心を掴んでいます。
エンジンで走り、スイッチやボタンだらけの日本車はガラケーのような古い商品と見られ、若い富裕層は今やプライドを持って自国ブランドのSDV/NEVを買っています。
日本車は、2020年には25%もの中国乗用車市場シェアを持った最大のブランドのひとつでした。2023年に18%に落ち込み、2024年上半期は15%に激減しています。
一方、弱小メーカーに過ぎなかった後発のBYDの市場シェアは2020年の2%から2023年に12%に拡大し、今年上半期は14%に達したのです。
先進国で認められた技術と品質を誇る日本車は、かつては中国消費者の羨望のブランドでした。それゆえ日本車メーカーは中国で新工場を建て続けました。
2012年のトヨタ、ホンダの中国生産能力は100万台弱でしたが、現在トヨタは200万台、ホンダはふたつのEV工場が今年新設され150万台から170万台に跳ね上がります。
ところが生産能力が最大化した2020年から潮目が変わりました。
NEVが人気になり、テスラの存在が上海蔚来汽車(ニオ)、小鵬汽車(シャオペン)などの人気ベンチャーを生み出し、彼らのビジネスモデルを中国民族系の自動車メーカーがコピー。最大の成功者がBYDというわけです。
この結果、三菱自動車がすでに中国市場から撤退し、日系各社は生産能力の削減を急いでいます。
日産は常州工場(生産能力13万台)の閉鎖を発表。ホンダは今年度中に170万台の生産能力を50万台削減して120万台に落とす方向です。
リストラに先鞭をつけ、反撃の機を探るということです。そのリストラ費用を含めて、ホンダは中国合弁会社からの持ち分利益(合弁会社の利益を出資比率に応じて計上する利益)を収支トントンから500億円の赤字に下方修正しました。
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■前門の虎(BYD)後門の狼(トヨタ)
トヨタの稼働率は相対的に安定しており、収益力もある程度防衛してきました。しかし、今回の決算ではトヨタも中国の収益が半減しました。ここにはトヨタが本気で市場シェアを守ろうとしている姿が浮かびます。
これまでトヨタは中国市場でのシェアを防衛してきました。ハイブリッド車が内陸部で強く、ミニバンなどのトヨタオンリーなモデルが存在し、かつ、主力のICE車でライバルに売り勝っています。
中国消費者は、NEVは中国ブランド、ICE車は海外ブランドを選ぶというすみ分けが定着してきています。海外ブランドのなかでトヨタへの支持は根強く存在感が増しています。その結果、米国ブランドやトヨタ以外の日本ブランドが沈むという構造になっています。
トヨタは強い意志でディーラーとサプライヤーを守り切ろうとしています。
2026年に向けて中国専用モデルを開発しており、それまでの過渡期にICE車市場が縮小しても、トヨタは工場稼働率を維持できる数量を守り続けようとしています。
それだけに他メーカーは厳しい戦いを強いられます。ホンダと日産にすれば、まさしく前門の虎(BYD)後門の狼(トヨタ)といった情勢なのです。
中国勢は今後グローバルサウス(新興国)へ侵攻を強めていきます。
日本車メーカーが中国国内で中国勢と互角に戦う力を獲得できなければ、グローバルサウスにおいても敗走することが懸念されます。東南アジア、中南米、北アフリカの新興国市場を失うドミノ倒しを迎えかねないのです。
中国における競争力の向上が持つ意味には、中国事業を守るだけではなく、グローバルサウスの事業を防衛するという大義が存在しているわけです。
先に日産が崩れ、そして今、ホンダの中国事業の未来が問われ始めています。これは負けることができない戦いです。
トヨタのEV戦争
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