2020年10月に鳴り物入りで登場したものの、今年1月にわずか3年あまりで生産終了となったホンダのバッテリー式電気自動車(BEV)『Honda e(ホンダe)』。それと共に中古車市場でそのホンダeを見かける機会が増えた。
ホンダ系ディーラーが試乗車や社用車として保有していた個体を放出しているのだ。春頃からその数が増えはじめ、6月頃が最高潮。今はピークアウト気味になっているもののまだ在庫をさばき切るには至らず、放出が続いている。
ホンダeは欧州と日本に投入されたが、販売は悲惨な結果に終わった。理由は明白。価格が高すぎたうえ、性能がその価格に到底見合うものではなかったからだ。が、すべてにおいてダメだったわけではない。その2点と後席、荷室が狭いという点を除けば、実は魅力的な要素を山のように持ったクルマだった。
ホンダ「Honda e」のフロントビュー。別に内外装が高級だったり上位のBEVをカモる高性能を持っていたりするわけではない。ホンダeはそういうヒエラルキーからまったく外れるところにいた。そのキャラクターを一言で表すと「自由自在」だったと思う。
ホンダeでのお出かけは“クルマに乗り込んでさあドライブ”というより、自分の部屋に居ながらにしてその一部が分離し、自由自在に移動するという感覚だった。静粛性や乗り心地は小型車の概念を逸脱した良さ。採光性や室内からの眺望も素晴らしい。お気に入りの音楽を流しながらその空間に収まっていること自体が心地良く感じられた。
走り出せば転舵角45度という前輪の大きな切れ角が生む小回り性能の恩恵で鋭角交差点があるような狭い路地もノーストレス。ワインディングでは前後重量配分50:50の後輪駆動パッケージと丁寧なサスペンションセッティングで爽快きわまる身のこなし。高速クルーズの安定性も悪くない。
◆500万円は伊達や酔狂で出すにはあまりに高すぎた
Honda e。30分で走行200kmぶん充電可能というのが前宣伝だった。方針を変えたなら変えたで修正せずに発売したのはいただけない。筆者はこのホンダeの長距離ロードテストを4回、計1万7000kmあまり行っている。開発陣が「30分で200kmぶん充電可能」と標榜していた急速充電受け入れ性がまったく絵空事だったことは初回、2021年のツーリングが始まった段階ですでに明らかになっており、ちょっと走っては充電の繰り返しという有様だった。にもかかわらず、合わせて4回もホンダeで長距離ドライブを行ったのは、何も筆者が充電の足止めを喜ぶ変態だからではない。バッテリーに電力が残っている間の移動が中毒になるほどスウィートだったからだ。
ホンダは歩んできた歴史や立ち位置から、ことさら“らしさ”を問われるブランドだが、自動車工学の成熟やホンダの規模の拡大にともない、らしさを出すことが加速度的に難しくなっている。他のクルマと性能や豪華さを競う気がハナからなく、徹頭徹尾独自の価値観を追求したホンダeは、21世紀のホンダ車の中である意味最もホンダらしいクルマだった。
定年退職により途中で開発責任者を降りた人見康平氏は「小容量バッテリーでも急速充電30分で走行距離200kmぶん充電可能、それを400万円アンダーで実現する」と語っていた。そのピースさえ埋まっていたら、ホンダeの評価はまったく違ったものになっていただろう。
Honda eのリアビュー。装飾をほとんど持たないのが特徴。フラッシュサーフェス化が徹底されている。現実には売価は高く、充電受け入れ性も空手形であるなど、まったくお話にならなかったホンダeだが、生産終了に伴って突如浮上したのが冒頭で述べたディーラー放出車である。不人気車であったがゆえに距離が伸びず、3年経過車でも多くは5000km未満。加えてガレージ保管、完全な整備、こまめな洗車。そんな新品同然の上玉が300万円強、途中で廃止されたスタンダードグレードであれば200万円台後半で売られているのだ。
500万円は伊達や酔狂で出すにはあまりに高すぎるが、この価格帯なら欠点をわかったうえで長所を取るべくあえて手を出すのも一興と言える水準だろう。ホンダeは住宅との電力のやり取りができるV2H機能を持っているので、太陽光発電を持っているユーザーにとってはそのタネにもなる。
素晴らしいポテンシャルを持ちながらホンダ自身が何の改良も施さず3年あまりで消えていったホンダeについてのラストレポートを、1万7000kmロードテストで得られたデータや知見をバイヤーズガイド視点も交えながらお伝えしようと思う。
◆シティコミューターとしては無駄としか言いようがない? 走りと快適性
Honda eのサイドビュー。一見前輪駆動のようなフォルムだが、実は後輪駆動。走りは独特の前席の居住感と並び、ホンダeを所有する最大の動機となり得る部分だ。シティコミューターを標榜していたホンダeだが、それらしさを感じさせる部分は小回り性能くらいで、残りはほとんどシティコミューターとしては無駄としか言いようのない構造、性能を持っている。モノコックフレームは後輪駆動ベースのBEV専用で、サスペンションは4輪独立懸架。前サスは軽合金アーム、後サスはレーシングカーのような鋼管溶接タイプ。重量配分は前後左右50:50。
ライドフィールはホイールの上下動に伴うフリクションをほとんど感じさせない、スッキリとしたものだ。ホンダeは走行性能確保のためか、サスペンションのスプリングレートは結構高い。コーナリング時の荷重の大半をそのスプリングで受け止め、ショックアブソーバーは振動減衰だけを受け持つような基本設計であることがうかがえた。バネ下荷重を削ぎ落したモデル特有の振動減衰の素早さも印象的だった。
路面が荒れ気味のところを走る時、大抵のクルマは不整吸収の感触がサスペンションの上下動として伝わってくるのだが、ホンダeは段差や突起をタイヤがローラーのように回転しながら乗り越えるように感じられる。こういうチューニングが完璧に出来ているクルマは少数派で、国産の量産小型車でホンダe以外にそれができているのはトヨタ『GRヤリス』くらいのものだ。
タイヤはミシュランのスポーツモデル「パイロットスポーツ4」。サイズは前205/45R17、後225/45R17。実際、パワーソースは電気モーターvsガソリンターボ、駆動方式はRWDvsAWD、重量自体やその配分など、クルマとしての成り立ちがまるで異なるにもかかわらず、ホンダeとGRヤリスは走行フィールが大変似ている。異なっているのはGRヤリスがモータースポーツ車両的なハイバランス志向であるのに対し、ホンダeは意図的にバランスをずらしてドライバーに姿勢変化などをより明確に感じさせるツーリング志向であることだ。
ハンドリングは至ってシャープで、狙った走行ラインにスパスパと乗せられる優れたものだった。タイヤサイズが前205/40R17、後225/40R17と、幅だけでなくタイヤ径も異なるというミッドシップスポーツ的な設定。前タイヤを細くしたのは後述する小回り性能の良さを確保するためであろうが、それが副次的に直進、旋回の両面でステアフィールの向上に寄与しているものと推察された。
そのおかげでホンダeはゆっくり走ろうが速く走ろうが、いつもファンなステアフィールを提供してくれる。タイヤ銘柄はハイグリップ志向のミシュラン「パイロットスポーツ4」。サスペンションの路面追従性の高さとあいまって、コーナリングスピードの絶対値もスポーツハッチとして十分以上に満足の行くものだった。
◆「小回りってやっぱり性能なんだな」と何度思ったか
三重県某所にて。狭い路地の180度転回も切り返しなしに一発で決められる。サスペンションのフリクション感の小ささは乗り心地にもかなりの好影響を及ぼしていた。サスペンションは固めなのだが、段差や舗装の補修箇所などを踏んで突き上げを食らってもその振動が瞬時に収まり、ブルブル感がほとんど残らない。そういう振動減衰の優れたクルマは長く乗っていてもイヤな感触が増幅されにくく、どこまで走っても気持ち良さが続く傾向がある。ラバーマウントなどの緩衝材を多用するのではなく、サスペンションの応答性の良さで作り込んだのは実に好印象だった。
走行フィールと並ぶホンダeのもうひとつの特徴は小回りの利きっぷり。ロングツーリング中「小回りってやっぱり性能なんだな」と何度思ったかわからないほどだった。最小回転半径の公称値は4.3m。全幅1.75m、前タイヤ幅205mmというアゲインストを跳ね返してこの数値を実現させるため、前輪の最大舵角は実に45度に達する。
最小回転半径を稼ぐため45度転舵可能なステアシステムが与えられた。この切れ角の大きさが実はミソで、最大舵角付近では後内輪を軸に鼻先が回っているかのような動きをする。そのため数値的には軽乗用車と同等だが、車両感覚的にはそれとも比較にならないくらい簡単に小回りを決められる。ドライブ中、農道などで第二種普通免許の試験で出てくるような狭い鋭角コーナーが幾度か出現したが、それらを一発で回れるのには感動を禁じ得なかったほどだ。
ここまで述べた走行性能、取り回し、快適性は、短距離専科であるとしても必ずやプラスに感じられるであろうファクターだ。筆者がそうであったように、ホンダeをドライブすれば誰もが今までクルマに乗ることで知らず知らず受けていた様々な制約から開放されるような気分になるはずと確信する次第である。
◆インフォティメント・先進安全システムは企画倒れ感
Honda e。山岳路でのハンドリングの切れ味、爽快感は特筆モノだった。走りや快適性の素晴らしさとは裏腹に、まったく熟成不足、企画倒れに終わったという感があったのはインフォティメント、先進安全システム(ADAS)だ。
ホンダeの売りのひとつは電子ミラーを含めて5枚の液晶パネルをダッシュボード全体に敷き詰めたガジェット感あふれるインフォティメントシステムだった。それ自体はデザイン性はともかく、未来感という観点では十分に引きがあったと思う。問題はそこにどういうコンテンツを表示させるかというソフトウェアの部分だが、それについてはまったくと言っていいほど作り込めなかった。
もっと言えば商品企画部門のアイデアが稚拙で何をやればいいかというメニューをロクに考えられなかったのではないかとすら思えたほどで、せっかくのハードウェアがもったいないことこの上なかった。
ダッシュボードまわり。5枚の液晶をずらりと並べたデザインを売りにしていたが、今ではインパクトは希薄。ステアリング前方の液晶インパネについては、最近のホンダ車の常で機能面はよく練り込まれている。電力量消費率(電費)、平均車速、旅行距離、ハンズフリー電話等々の切り替えがスイッチ一つで簡単にでき、どの情報をどのモードの画面にまとめるかというロジックも明瞭。数字や文字のフォントがいかにもデザインに興味がなさそうな事務的なものという点はいかにも理系体質のホンダらしいが、使いやすくて好印象だ。
それに対して中央および助手席側の2枚の液晶については、メニューに表示したくなるようなものがない。オーディオ情報を大映しにしてももったいないだけだしテレビは走っているときには意味がないし、電費情報も詳細がわかるわけではないし……で、結局中央にカーナビ、助手席側にBEVのエネルギーフローを表示させるくらいしか使いようがないという印象だった。ホンダeがコネクティビティ面でもっと意欲的な商品であったなら、同じハードウェアではるかに未来的なものにできたはずだ。
◆今から購入しても使えない&アップデートされない機能も
カーナビ、車両情報、オーディオ情報などを表示可能。表示エリアの左右入れ替えも自在。ホンダeにはAIで文脈を理解するボイスアシスタントがインストールされており、呼びかけると「ハイ、何でしょう」と可愛く受け答えしてくれる。が、これも車両との連携はほとんど取れておらず、エアコン、ウインドウその他、ボイスコマンドとしてはほとんど使い物にならなかった。音声認識の精度も従来型のボイスコマンドに比べると雲泥の差の高さだったが、“OKグーグル”などと比べると雲泥の差の低さだった。
このサービスは今年末に終了予定で、その後は呼びかけても何も答えなくなり、コマンドも使えなくなるという。この種のサービスは出してダメだったら引っ込めるというのではとても定着しない。アップルCarPlayやグーグルAndroidAutoを使えるのだから実害はないだろうが、動かなくなったアシスタントを眺めるのは失敗事例を見せつけられているようなもので、気分のいいものではないだろう。
ナビゲーションはホンダeの弱点のひとつ。何が弱いかというと、ルートガイダンスが不正確なのだ。充電スポットを目的地にしたとき、とんでもなく細い道を走り回らされた挙句、突然目的地に到着しましたと言われたことが幾度かあった。たしかに目前に目的地があるが、目的地は平地、自車は崖の上などということもあった。他にもルート設定で混乱したりルート計算が遅かったりと、決してパフォーマンスは良くない。モデル廃止でファームウェアアップデートの見込みがなくなったので、購入するさいにはそのことを頭に入れておくべしである。
Honda e。島根・益田にて。生煮えなのは運転支援システム「ホンダセンシング」も同じ。ちょうどホンダeが出た頃はホンダセンシングが世代交代する時期だったのだが、当該バージョンはホンダeに限らず誤作動が多い。最も多いのは路外逸脱防止機能の誤認識で、車線を踏んでもいないのに「ピピピピピ、ポーン」というアラートと共に機能が一時停止してしまうということが頻繁に起こった。運転支援機能自体はそこそこ有能だっただけにもったいない。これもファームウェアアップデートが期待されたが、行われずじまいだった。
運転支援機能の中でピカイチだったのは自動駐車。最小回転半径が小さいためか、縦列駐車、車庫入れとも素早さはトップランナー級。暗闇でなければ精度も高かった。またコインパーキングのフラップ乗り越えなども簡単にこなした。筆者は自動駐車をまったく信用しておらず、車庫入れなんぞ自分でやるわと考えるクチなのだが、ホンダeのドライブでは同乗者がいる時などに面白がって使っていた。
後編では電費および充電、動力性能、居住感・ユーティリティなどについて述べる。(後編に続く)
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