現行型クラウンセダンには水素モデルが存在する。ベースはMIRAIとのことでかなりの大柄モデル。だが、トヨタの長年の経験からその完成度は恐るべし。現状乗れる人が結構限られてしまって居る訳だが、今回はそんなクラウンの性能を余すことなく見ていこう。

※本稿は2024年9月のものです
文:テリー伊藤/写真:西尾タクト、トヨタ
初出:『ベストカー』2024年10月26日号

■これは人をダメにするセダン?

2023年11月登場のトヨタ クラウンセダン。今回テリーさんにはFCEVに試乗していただいた

 クロスオーバー、スポーツに続く新生クラウンの第3弾、クラウンセダンが今回の試乗車だ。

 車名はクラウンだが、セダンは唯一のFR車。別のクルマと考えるのが自然なのだろうが、トヨタはこのセダンをクラウンシリーズのひとつとしている。

 デザインの統一感も取れているし、この戦略は正しい。そもそも伝統的なクラウンのイメージに最も近いのがこのセダンでもある。昔からのファンも安心だろうし、お偉いさんの送迎車としての安定感もある。

 送迎車やハイヤーはセンチュリーSUVでもアルファードでもなく、やはりクラウンの、それもセダンでなければ! という保守層は一定数いるものなのだ。

 クラウンセダンには燃料電池とハイブリッドがあり、今回乗ったのは燃料電池車。ベースはMIRAIで、ホイールベースを少し長くして、後席を広くしている。

 究極のエコカーと言われる燃料電池車の最新モデルだけにクルマの出来は最高だ。静かで乗り心地がいいのはもちろん、大柄なサイズのわりには運転もしやすく、クラウンのいい伝統を受け継いでいる。クラウンセダンの快適性は「このクルマに慣れると、自分がダメになるのではないか?」と心配になるほどだ。

 おそらく、それは「良妻」に似ている。身の回りのことをなんでもやってくれる妻は、実は夫を「何もできない男」にしているだけとも言える。

 かのソクラテスは「悪い妻を持てば哲学者になれる」という名言を残していて、実際、彼は「世界三大悪妻の夫」としても有名だ。その点では苦労したのだろうが、だからこそ歴史上の人物になれたのかもしれない。

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■水素ステーション対ストリップ劇場

「人としてダメになる……」と心配になるほど快適な走りだった!

 実はこれ、すべてクラウンセダンの運転中に考えていたことだ。運転中に「快適すぎて怖い」と思うクルマもそうはない。

 しかし、どんなに素晴らしいクルマでも、燃料電池車には水素ステーションの問題が付いて回る。数が少ない、休みが多い、早く閉まる。また、定休日でもないのに突如休むケースも散見される。

 2024年7月現在で、水素ステーションの数は全国に152カ所。そのうち首都圏(47カ所)と中京圏(45カ所)で6割を超えており、地方はごく少数だ。もしかしたら、ストリップ劇場よりも少ないのではないかと思って調べたら、残念ながらストリップ劇場は今や全国に20カ所もないらしい。

 しかし詳細を追うと、ストリップ劇場はあるのに水素ステーションはない県(愛媛県)があったり、ストリップ劇場と水素ステーションがどちらも1カ所しかない県(福井県)があったりと、あながち比べるのもおかしくない状況だったりする。水素ステーションは(ストリップ劇場も)数が少なすぎる!

 これではどれだけいいクルマを作っても普及しないのは当然である。国は早急に「水素ステーションが楽しくて便利な場所」になる施策を打つべきだ。もちろん、トヨタをはじめとする民間企業も協力しなければならない。

 例えばおしゃれなカフェやドライブインシアターを併設するとか、全国に600店舗以上あるドン・キホーテ全店に配置するとか、ポイント還元なども充実させなければならないだろう。

 とにかく、ユーザーに「水素ステーションに行きたい」と思わせ、話題にならないと始まらないのだ。ひとつキッカケがあれば好循環が生まれるはずだ。

 燃料電池車の未来を信じているのなら、そろそろ本気で水素ステーションをどうにかしなければならない。それはいいクルマを作ることよりも大事なことなのかもしれない。

●トヨタ クラウンセダンZ(FCEV)830万円

トヨタ クラウンセダン

 2023年11月発売開始。Zのみのワングレードで燃料電池が830万円、ハイブリッドが730万円。燃料電池は250万円近くの補助金が出る(国+東京都の場合)。

 全長5030×全幅1890×全高1475mm、ホイールベース3000mm、車重2000kg。182ps/30.6kgmのモーターで後輪を駆動し、航続距離は820km。わずか3分で燃料を充填できるのが燃料電池車の利点。

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