2024年1月、進化型「GRヤリス」を今春登場させるとトヨタが発表した。進化型とは、これまでの捉え方でいえばビッグマイナーチェンジにあたる。2020年9月に新型車として発売されたGRヤリスに、はじめて大きく手が加えられたわけだが、その領域は内外装デザインやエンジン、サスペンションに留まらない。6速MTだけだったトランスミッションに8速ATである「DAT」を追加したのだ。
この記事の画像を見る(24枚)スポーツモデルにおける2ペダル化の恩恵
新型GRヤリスで採用される新開発8速AT「GR-DAT」のイメージ画像(写真:トヨタ自動車)MTの3ペダル(アクセル、ブレーキ、クラッチの各ペダル)に対してATはクラッチペダルがないため2ペダルとも呼ばれる。2000年以降、国内外のスポーツモデルではこぞって2ペダル化が進められてきた。
ATとMTには双方にメリットがある。スポーツモデルを2ペダル化させると、トランスミッション形式にもよるが変速時の駆動トルク抜けが抑制できるので単純に速く走らせることができる。多段化も進み、今では10速ATも市販車に搭載されている。
メルセデス・ベンツのAMG技術者は2015年の時点で、「3ペダルのスポーツモデルはこの先、作りません。高出力化したパワーを効率よく伝達するためです」と筆者のインタビューにこたえている。
GRヤリスはWRCを筆頭にラリーフィールドが開発の主戦場だ。発売後も継続的に進化させパーツや車両全体の成熟度を高めている。GRヤリスのチーフエンジニア(開発責任者)である齋藤尚彦さんは、「市販モデルとラリーモデルは関係が密接です。2023年9月の“S耐もてぎ”で、GRヤリスの8速ATモデル(プロトタイプ)を出走させましたが、進化型GRヤリスに設定したDATには、そこでの実戦経験を織り込んでいます。耐久信頼性が結果を大きく左右するレース環境でも使えるタフなATがDATです。この先も実戦で鍛えることをやめず、さらなる進化をGRヤリスでは目指します」と語る。
サーキットで従来型と進化型のGRヤリスに試乗
黒いボディカラーの車両が従来型、白いボディカラーの車両が進化型のGRヤリス(写真:トヨタ自動車)今回は、進化型第1章ともいうべきGRヤリス(8速DATと6速MT)に雨のサーキットで試乗。比較用として従来型GRヤリスの6速MTモデルが用意されていた。
サーキット試乗で雨天とは条件が悪そうだが、雨の試乗も嫌いじゃない。しかも試乗当日の外気温は+1度と、いまにも雪に変わりそうな寒さだ。わかりやすく滑りやすい路面だが、車両の限界特性を低い車速域から安全に確認できる絶好のチャンスでもある。
まずは従来型の6速MT(456万円)に乗りコースイン。すでに様々な路面や道路状況で従来型には試乗してきたが、一体感の高いハンドリング性能や加減速性能はやはり心地よい。一方、滑りやすい路面で前荷重を行い、左右に大きくステアリングを切り込みアクセルペダルを踏み込んでいくと、そのままクルッと後輪が滑り出してしまうような力強い旋回力を感じる。よって強い加減速を行った際や、大きく切り込んだステアリング操舵後のアクセルワークには慎重さが求められる。
赤いボディカラーが進化型のRZ“High performance”6速度MT、白い方は進化型のDATモデル(写真:トヨタ自動車)続いて進化型のRZ“High performance”6速MT(498万円)に乗り換える。違いは走り出す前、アイドリング時のエンジン音から感じた。それもそのはず、搭載エンジンは直列3気筒1.6Lターボエンジン「G16E-GTS」で、従来型とエンジン型式は同じながら大きく手が加えられている。
高燃圧への対応、軽量ピストンの採用、同弁系の強化、エンジンオイルクーラーの多段化、クーリングファンの高出力化などが改良の主なメニューだ。この改良型エンジンは市販モデルとしてGRカローラに先行搭載されていたものと基本は同一だが、GRヤリスではトルク特性が異なりGRカローラよりも最大値が大きい。
最高出力304PSとなったエンジン
従来型と進化型のエンジントルク図(写真:トヨタ自動車)具体的に数字で比較する。従来型の最高出力が200kW(272PS)/6500回転、最大トルクは370N・m(37.7kgf・m)/3000〜4600回転であったのに対し、新型の最高出力は224kW(304PS)/6500回転、最大トルクは400N・m(40.8kgf・m)/3250〜4600回転となり、出力/トルクともに大きく向上。ちなみにGRカローラとはトルク値のみ異なり370N・m(37.7kgf・m)/3000〜5550回転と最大値が低く、発生回転領域が広い。
進化型GRヤリスはGRカローラよりも車両重量が190kg軽い(1280kg)が、ファイナルギヤのギヤ比率を若干小さくすることで加速特性を最適化した。加えて、トヨタが「GR-FOUR」と呼ぶ高応答電子制御カップリング(前後トルク配分を決める電子制御多板クラッチ)は後輪デフの減速比を前輪よりも高める(≒たくさんまわす)ことで回転差を生み出しているが、ここは従来型GRヤリス時代と同じくGRカローラとも同じ値のまま。
肝心の乗り味にも変化があった。今回の改良ではボディ剛性をさらに高め、同時に前後のバネ/ダンパー特性を変更しつつ、ダンパーとボディの締結ボルトを3本に増やして強固にした。こうした数々の改良により車両挙動は若干ながら安定方向になった。
また4WDモードセレクトの前後駆動力配分を見直したことで、ある領域から車体の向きがスパッと変わる従来型の過度な特性がマイルドになった。これも大きな違いだ。
操作系にも見直しが入った。ドライビングポジションを25mm低めてルームミラーの位置をフロントガラス上部へ移動。さらにセンタークラスターの上端を50mm下げた。これにより前方視界が大きく拡大し運転しやすくなった。
進化型GRヤリスの走行シーン(写真:トヨタ自動車)最後に新たに導入されたRZ“High performance”のDAT(533万円)に乗り換える。クロスレシオ化された8速のうち1~6速のトータルギヤ比は6速MTに近づけながら、7~8速を巡航ギヤに位置付けた。
トータルギヤ比のイメージ(筆者撮影)変速の速度を早めることを目的に開発されただけあって、Dレンジ&ドライブモード「スポーツ」を選択すると、変速時間は0.3秒と謳い文句どおりとても素早い。ちなみに6速MTをプロドライバーが変速させると0.6秒以上かかるという(数値はいずれもトヨタ調べ)。
トヨタによる変速速度の比較グラフ(筆者撮影)Dレンジ&ドライブモードで「スポーツ」を選択した場合には、ブレーキペダルを踏み込むだけでパドルシフターなどの操作をすることなく、必要なギヤ段までのシフトダウンをブリッピングを伴いながら行う機能がある。ドライバーのブレーキ踏力や踏み込み速度によってシフトダウンを判断するとのことで、たとえば、富士スピードウェイの1コーナーでは、適切なブレーキペダルの踏み込みにより6速から3速までのシフトダウンを自動で行えるようだ。
DATによる富士スピードウェイの自動変速イメージ(筆者撮影)DATと6MTの違い
DATモデルのシフトノブまわり(写真:トヨタ自動車)DATモデルは6速MTモデルよりも20kg重いが、20kgはすべてフロントの軸重にかかる。よって、今回のような雨天で滑りやすい路面では前輪に荷重がかかりやすく、走りやすい場面もあった。さらにDATモデルではMTモデルとの操舵フィール上の差異が最小限になるようにEPSを含めたステア特性を作り込んだというだけあり、乗り換えた直後でも違和感を抱かなかった。
トヨタのGRカローラ(写真:トヨタ自動車)さて、GRでは進化を“鍛える”と称して、発売後もその手を緩めない。では、GRヤリスの兄貴分にあたるGRカローラの進化はどうなるのか、筆者の独断で予想してみたい。
真っ先に手が入るであろう部分は「4WDモードセレクト」の前後駆動トルク配分値だろう。現行のGRカローラは専用ボタンを押下するとトラックモード(前50:後50)、右にまわすとリヤモード(30:70)、左がフロントモード(60:40)だ。
この特性に手が加えられるはず。おそらく進化型GRヤリスと同じ、押下するとトラックモード(60:40~30:70まで各種パラメーターにより可変)、右がグラベルモード(53:47)で、左がノーマルモード(60:40)になるのではないかと予想する。
GRカローラのインパネまわり(写真:トヨタ自動車)じつは進化型ヤリスのトラックモードは非常に優秀で、後日、雪上コースで試乗した際にその効果をハッキリと体感していた。ドライバーによる荷重移動が足りない場合でも、システムがそれを捉えてスムースな旋回軌跡が得られるように前後駆動力を変化させるからだ。
積極的に荷重移動ができる腕に覚えがあるドライバーであればグラベルモードがさらに楽しめるが、扱いやすさは圧倒的にトラックモードだ。よって、GRヤリスよりも車体サイズの大きなGRカローラでは、さらにその効果が得られるはずだ。
DATの採用やエンジンの仕様変更は?
8速ATであるDATもGRカローラに移植されるか!? もともとGRヤリスのDATはモータースポーツの裾野を広げるために設定された経緯があり、その意味でもGRカローラを搭載第2弾とする可能性は高い。
一方、エンジン特性についてDATはGRヤリスと同じ出力/トルク特性になると思われるが、6速MTについては幅広い最大トルクを発揮する現状のままになると予想する。
ご存じのようにトルク値は加速力を左右する。最大値だけでなくその80%程度のトルクをどれだけ広いエンジン回転域で発生できるかという点も乗り味を決める大きな要素になる。よってGRヤリスよりも車両重量が重くなるGRカローラでは、発生回転域の広さが乗りやすさ、扱いやすさに直結する。
GRカローラを手に入れた筆者の気持ち
GRカローラの走行イメージ(写真:トヨタ自動車)ところで今からちょうど50年前になるが、筆者の実家で初めて購入した新車がカローラだった。そして現在に至るまでカローラとは縁があるようでGRカローラの抽選販売を引き当てることができ愛車として迎え入れた。
東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら3ペダルの純粋なスポーツモデルを公道&サーキットで存分に味わいながら、筆者長年の研究テーマである運転支援技術の実力を堪能したい。最新の「Toyota Safety Sense」は車載センサーのひとつである光学式単眼カメラの映像をもとに、システムのソフトウェアアップデートも行う。その進化度合いもGRカローラの進化とともに体感するつもりだ。
この記事の画像を見る(24枚)鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。