2024年上半期の決算で日産の営業利益が前年同期比でマイナス90%になったことが大きな話題になっている。「専門家」と称する人たちがいろんなところで解説しているが、どうも原因分析が怪しい。まあ決算の数字というのは複合的なものなので、そもそも短く言いきることが難しいのだが、筆者から見て首を傾げるのは「日産はEV全振りで戦略を間違えた」というのと「経営者の単独責任」というふたつ。
経営者の責任については、原因とは別に立場上の責任は存在するのは当然だが、「それ」を排除したら良くなるのかという観点から見ると、少なくとも上半期決算の原因とは言えないと筆者は思っている。
文:池田直渡、写真:日産自動車
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■アメリカ市場での値引き販売と歴史的経緯
日産の営業利益が大きく落ち込んだ原因は大きく2つあり、ひとつは言わずと知れた中国マーケットの大変化である。カントリーリスクが大きい中国で、政府の産業政策が民族系メーカー優遇に大きく傾いた結果、外資系自動車メーカーは全滅。「日産が中国で売り上げを落とした」のは事実だが、それは日産だけの話でも日本メーカーだけの話でもない。世界の自動車産業全体の問題である。
ただし、中国にカントリーリスクがあるのはわかっていた話であるにも関わらず、不用心に中国市場に頼った経営をしたという意味では、少なくとも今世紀に入ってからの日産歴代経営陣に責任があるのは事実であろう。
いっぽうで、日産だけがここまでひどい結果になった最大の理由は、米国マーケットでの過剰な値引きである。それには歴史的な経緯がある。
20世紀末、日産は倒産の淵にあった。それを立て直したのはカルロス・ゴーン氏だ。ゴーン氏はリストラの天才であり、日産の経営をたった2年でV字回復させた。ところが天は二物を与えずの言葉通り、撤退戦の天才であるゴーン氏は、「攻め」に転じると別人のように精彩を欠く。
2000年代、中国マーケットは飛ぶ鳥の勢いで成長した。それまで世界4位だったVWが、一時的とはいえNo.1に躍り出たのは中国での躍進の成果である。当然各メーカーはその成功譚にあやかりたい。「中国に続くマーケットはどこか?」、ゴーン氏が狙いを定めたのはASEANであった。日産は伝統あるDATSUNブランドを、こともあろうに日産のディフュージョンブランドに位置づけて、ASEANでのギャンブル的大勝を狙った。ところが、新興国マーケットの経済不調と、新興国を舐めた凡庸なクルマ作りで、このインドネシア工場拡大作戦は大失敗に終わる。2014年にスタートした社運をかけたプロジェクトは、たった5年で工場閉鎖に至った。
その原資はどこから出たのか。日産はこのギャンブルの勝利を信じて、売り上げの生命線である日本と米国の新車開発投入を止めて費用を捻り出した。
結果が惨敗となった時には事態は最悪の状態を迎えていた。日本と米国では2012年前後から新車投入が止まり、車齢の古い旧型車で戦っていた。各社から続々と現れる新型車と、6年も7年も前に出たクルマを並べて日産が戦うには値引きしかない。
そうやって値引きをメインにして戦った結果、利益率を大幅に落としていった。そして2019年と2020年に日産は連続赤字決算を迎えるのである。
■古いモデルでも「神風」のおかげで売れた
2019年の末にCEOとなった内田誠氏は、旧態化した車種を早急に退役させ、可能なかぎり新型車を投入して、適価販売へと切り替えようとした。そこに「神風」が吹いた。半導体不足によって世界中の自動車メーカーのラインが断続的に止まり、需要に対して供給が不足した。こうなると、値引き交渉など論外な話になり、日産は投入した新型車を正価で売って、またもやV時回復を見せたのである。
しかし、北米では日本と違って、クルマは店頭在庫販売方式である。供給不足のさなか、販売店は恐慌をきたした。店頭在庫販売ということは店頭にクルマがなければお客は他の店に行ってしまう。なのにクルマは入ってこない。米国中のディーラーが大量の見込み発注を入れてなんとかクルマを確保しようとする。そういう中で半導体問題が解決して、突如クルマがどんどん入荷するようになる。店頭在庫金額が膨れ上がったディーラーは再びパニックに陥り、値引きしてでも早く売り抜けようとしたのだ。
こうして前年には正価販売で大幅な利益を確保した構造は一夜にして破壊され、利益度外視の叩き売りで、恐怖の「9割減」の上半期決算へと至ったのである。
よくよく考えてみれば、2012年から10年以上の長きに渡り、商品力の落ちたクルマを値引きで売ってきたのが米国のディーラーである。よっぽどの意識改革を断行しないかぎり、販売方法が「値引き頼り」に戻ることは容易に想像されたはずである。もし日産本体が前年度決算の主因となった正価販売を、戦略として販売的にきちんと理解させることができていたら、今回の結果は防げた可能性が高い。
さて、日産はこの状況をどうやって打破するのか。それについては上半期決算で日産の「ターンアラウンド」計画が発表されている。内田誠CEOは2019年の就任時、「NISSAN NEXT」を発表し、グローバル生産能力を、年産720万台から、最大で600万台、通常時540万台へと削減した。この戦略の一部がインドネシア工場の閉鎖である。
さて、現在の状況を見ると、日産の販売能力は340万台程度。これに対して540万台の能力は高すぎる。その調整が必要である。しかしその前に、日産は340万台で利益が出るかたちにスリム化しなくてはならない。そこで日産は固定費3000億円と変動費1000億円の削減を計画し、年産340万台で持続できるかたちへの構造改革を行う。
問題は、これをカット、カットで削ぎ落としてしまうと。340万台に縮小均衡してしまい、反転攻撃に出られない体力に落ちてしまう。すでに2019年に大幅なカットを断行しているので、これ以上の資産整理を進めるとワンウェイになってしまいかねない。だから日産は「ラインの速度を落とす」という作戦を上梓した。つまり現在の540万台の設備をゆっくり動かして、340万台に能力を落とす。ゆっくり回すならラインの人員を減らせる。9000人のリストラはこの削減を意味している。
整理しよう。日産はラインのスロー化で、現在の販売力に釣り合った340万台体制に生産能力を調整する。その際、人員を削減して、コストを落としていく。これが日産の再建プラン「ターンアラウンド」の中心部分である。
■日産復活の「打ち手」は…?
さて、「日産はハイブリッドが弱い」と言う人がいるが、e-POWERはストロングハイブリッドであり、むしろトヨタに次いで早期にHEVをラインナップに加えたメーカーである。
そもそもBEVのリーフを2011年に発売した時、BEVは原子力発電の安価な夜間電力を利用する前提だったのだが、不運なことにリーフの発売3ヶ月後に東日本大震災が発生し、原発が止まった。電力グリッド構想の部分として機能するはずだったリーフはハシゴをはずされたわけだ。
しかし膨大な開発費をリクープしなくてはならないので、リーフの駆動モーターをそのまま転用することで、e-POWERは2016年にデビューした。欧州の自動車メーカーが現在進行形で頭を悩ませているHEVへの進路変更を、日産は2016年にはすでに済ませているのだ。そこは間違えてはいけない。
ただし「失策」と言えるものもある。2016年にデビューしたe-POWERの米国投入が、去年の発表で2025年とアナウンスされていた。なぜすぐ投入できるものを遅らせたのか。おそらく社内のBEV派とe-POWER派の対立があったのではないかと思う。
たしかにe-POWERはエンジンルームに発電用のエンジンとモーター/インバーターを搭載しなければならない関係上、大型車には向かない。大排気量エンジンが入らないからだ。しかしそれでも米国にCセグクラスの需要があること、そこにHEVを選ぶマーケットがあることを無視する理由にはならない。
ひとまず日産はHEVにも「コマ」を持っていることはプラス。ただしインフィニティの主力となるような、中・大型のセダンとSUV用のユニットがないことは弱みであると思う。
未来はどうなるかわからないのだが、それでも勝負をかけるとすれば米国マーケットだろう。まずここで値引き販売を徹底して止めないと「次」がない。一度値崩れさせてしまったクルマの適価販売はなかなか難しいだろうから、とにかく早急に新型車を投入し、それらを絶対に値引きせずに売ることである。
そのためにはお客が欲しがるクルマでなくてはならない。米国では当分HEVが選ばれる時代となりそうなことを考えると、インフィニティのHEV化が急がれる。時間を切ってもやむなしなので、三菱からPHEVユニットを、あるいはホンダからe:HEVの提供を受けてインフィニティブランドの底上げを図ってはいかがだろうか。
いずれにしても、横浜の本社からはるかに離れた米国の、しかも独立性の高い販売店にガバナンスを効かせるのは並大抵のことではない。
が、しかし、それができないと日産再生の道は遠のく。内田CEOの戦略は妥当なものに見えるので、内部抗争がお家芸の日産が、本当に腹を括って一丸となり、北米の販売改革を成し遂げられるかどうかが、日産の運命を決めるように思う。
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