ヨーロッパ随一の自動車大国に異変が起きている。ベンツが完全EVシフトの目標を撤回、VWが国内工場閉鎖を検討するなど、ドイツの自動車産業が大苦戦を強いられているのだ。いったいドイツに何が起こっているのか?

※本稿は2024年10月のものです
文:井元康一郎、佐藤耕一/写真:メルセデスベンツ、VW、BMW、ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2024年11月26日号

■完全EVシフトを撤回のベンツに何が起きている?

2016年のパリモーターショーでベンツは中長期戦略「CASE」[Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス)、 Electric(電気自動車)]を発表

 このところドイツの自動車メーカーが精彩を欠いている。欧州では販売が比較的堅調に推移しており、上半期はBMWが前年同期比プラス。アウディが足を引っ張ったフォルクスワーゲンと、メルセデスベンツは微減に留まっている。

 問題はアメリカと中国、そしてバッテリー式電気自動車(BEV)。特に中国における販売減とBEV攻勢の失敗はドイツブランドの威信を大いに傷つけるものだったといえる。

 象徴的だったのはメルセデスベンツ。2030年に新車販売をすべてBEVにするという方針を打ち出していたが、2024年3月にその撤回を余儀なくされた。

 メルセデスベンツといえば内燃機関を動力に使う自動車の発明者だ。

 2016年のパリモーターショーで自動車が100年に一度の変革期を迎えていると定義し、変革のカギとなる4つのファクター(コネクティビティ、自動運転、シェアリング、電動化)の頭文字を取った「CASE」という用語を生み出すなど、今日でも世界の自動車業界のトレンドリーダーであり続けてきた。

 そのメルセデスベンツが2030年の“オール電化”を宣言したのは2021年。それからわずか3年で方針転換を余儀なくされたというのは自動車の研究開発のスパンからみれば朝令暮改も同然で、リーダーとしての面目は文字どおり丸潰れである。

 なぜメルセデスベンツともあろうものが軽はずみにもオール電化を謳ったのか。理由は欧州政府が実施する将来の排出ガス規制が厳しすぎ、BEVでなければ到底クリア不可能とみたからにほかならない。

 仮にエンジン車でその規制をクリアしたとしても、欧州政府が2035年にはエンジンを禁止するという方針を示している以上、時間稼ぎの効果は限られる。同社にとってお得意様である中国市場がBEVに傾倒していることも考えると、いっそBEVに統一してしまったほうがコスト面でも有利とみたのであろう。

 が、このオール電化という方針はあまりに浅知恵だった。まずユーザーがメルセデスベンツのBEVをまったく喜ばず、中国はもとより足元の欧州市場でも販売が低迷。欧州政府がエンジン禁止目標でブレはじめたのも計算違いだった。

 かくしてたった3年で軌道修正と相成った。この右往左往で傷ついたブランドイメージを回復させるのは容易ではないだろう。

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■ドイツ国内工場を閉鎖するVWは大丈夫なのか?

閉鎖が検討されているといわれるドイツにあるフォルクスワーゲンのツヴィッカウ工場

 ドイツ勢のなかで最も厳しい状況に置かれているのはフォルクスワーゲンだ。メルセデスベンツのようにオール電化を謳っていたわけではないが、同社にとってのコア市場である欧州や中国でBEV化が進むとあらば対応しないわけにはいかない。

 ここ数年フォルクスワーゲンは研究開発に年間2兆円に迫るほどの巨額な資金を投入した。

 自動車メーカーは研究開発にお金がかかるものだが、フォルクスワーゲンの投資はあまりにも極端だった。目的はBEVの品揃えをハイペースで拡充させつつ、バッテリーを含めたBEVプラットフォームの高機能化、低コスト化を果たすことだった。

 ところがその成果はなかなか上がらなかった。バッテリーの技術研究では中国企業に後れを取り、商品面でも上級モデルの「ID.7」やミニバスの「ID.BUZZ」を送り出したものの、新商品の数も質もBEVマーケットの盟主を張るには到底足りないという状況だった。

 最大の損失は市場別販売台数が最も多い中国市場におけるBEVの不振。BYDや吉利などの中国メーカーに押される形で、2024年上半期は前年に比べて実に2割もの減少となった。

 それに拍車をかけたのが欧州でのBEVの不振。本拠地であるドイツでBEVへの補助金が停止、ほかの国でも見直しが進められるなか、法人需要が多かったフォルクスワーゲンのBEVはことのほか大きな打撃を受けた。

 自動車産業ウォッチで有名なシンクタンクJATOによれば、2024年8月の販売はコンパクトクロスオーバー「ID.4」が前年比55%減、コンパクトハッチバック「ID.3」が同50%減となるなど、文字どおり潰滅した。

 これを受けてフォルクスワーゲンは電動車専用工場とした旧東ドイツのツヴィッカウ工場をはじめ、ドイツ国内の不採算工場の閉鎖を検討しはじめた。

 現在欧州は史上空前のユーロ高で苦しんでおり、ある程度の空洞化は不可避とみられていたが、BEV推進の失敗で余計に損害が大きくなったのは明らかに経営側の判断ミス。

 しかもツヴィッカウはグループの高級ブランド、アウディ発祥の地で、そこを閉鎖するというのは文化的にも反発は必至だ。果たしてこの事態を上手く収束させることはできるのか。

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■BMWの勢いは? そしてドイツの自動車産業は?

全方位戦略のパワーユニットで臨むBMW。新型M5ではPHEVを搭載して登場

 ドイツ勢で唯一、電動化の波に乗っているように見えるのはBMW。BEVとFCEV(燃料電池車)の両取り戦法で多様性を維持しているほか、PHEV(プラグインハイブリッド)のラインナップ拡充でもライバルをリードしている。

 が、そのBMWも内情は厳しい。BEVの販売台数は確かに多いように見えるが、それはBEVのモデル数自体が多いことによるところが大きく、1モデルあたりの平均販売台数の少なさが遠からずボディブローのように効いてくる可能性が高い。

 BEVの価格の高さや長距離走行における利便性の低さ、信頼性の欠如がネガティブに作用しているのは他ブランドと同じである。

 果たしてドイツメーカーが再び販売台数と技術トレンドの両面で世界の自動車業界を引っ張る時代はやってくるのか。基礎的な技術力が昔より落ちたということはない。顧客中心主義のクルマ作りに回帰すれば短期的にはすぐに存在感を取り戻せるだろう。

 問題は自動車メーカーの技術力ではなく政治との交渉力のほうにある。エンジン廃止を強硬に主張する欧州政府の環境政策は机上の計算では理想的だが実現性を無視した空想的なものだ。それに対して実現性の高い政策を進めていくべきとしっかり主張し、それを相手に呑ませることができるかどうか。

 今、ドイツメーカーがBEV推進の自縄自縛に陥っているのは欧州政府やドイツ政府の主張に反対意見を言いながらも、結局ハイハイと多くの無茶を受け入れてしまったという権力への盲従、意志薄弱ぶりのなせるワザという側面がある。

 この権威主義は欧州の文化と深く関わっているため修正は容易ではないが、そこを正さなければドイツ勢の混乱はこれからも当面収まらないだろう。

(TEXT/井元康一郎)

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■ドイツ車の技術は今も世界一か?

BEVでは一部技術やコスパで中国車が上回る部分も……

 ドイツ車の技術は、部分的には今でも世界トップにあると言えるだろう。プラットフォームやボディ・足回りの設計、パワートレーン周りのメカトロニクス、ダイナミクス性能の調律、そして生産技術まで、従来のクルマ作りで積み上げてきた経験値は健在だ。

 ただ、電動化やSDVといった領域の要素技術では、中国が先行している部分はある。BEVの性能を決めるバッテリーやパワエレ、SDVに必要な全体のシステムを繋ぐE/Eアーキテクチャなど。中国ではこれらを実装したクルマがすでに市場で揉まれているのだ。

(TEXT/佐藤耕一)

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