自動車の先進安全装備はますます充実しているが、大型トラック用の安全装備が乗用車に後れを取っているのも事実だ。様々な架装・用途がある大型トラックは画一的な基準で評価することが困難で、新車アセスメント(NCAP)が行なわれてこなかったことも、その一因となっている。
欧州のユーロNCAPは2023年に安全性能評価を大型トラックまで拡大することを発表しているが、この度その詳細が明かされ、2024年11月にもレーティングが公表される。ユーロNCAPは安全な車両は事業者にとっても利益になるというメッセージを強調している。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/Euro NCAP
大型トラックにはなかった「新車アセスメント」
新車アセスメントプログラム(NCAP)は1970年代に米国で始まった制度で、実車走行や衝突試験の結果などから自動車の安全性能に点数を付け、星の数などに換算してレーティング(格付け)を公表するものだ。
今では日本(JNCAP)や欧州(ユーロNCAP)などにも広がり、消費者にとってわかりやすい安全性の基準となっている。しかし、乗用車と比べて車型や用途が非常に複雑な大型トラックはこれまでNCAPの対象外だった。
自動車用の安全装備は、車両が大きく価格も高い商用車から乗用車に展開されたものも多いのだが、近年では乗用車用の技術が先行しており、NCAPなど独立機関による評価の有無が、先進安全装備の開発に与える影響は否定できなくなっていた。
そんな中、2023年にユーロNCAPが大型トラックを対象にしたアセスメントを実施すると発表し、2024年4月24日には評価試験の詳細と今後の予定が公表された。
史上初の大型トラックの新車アセスメント結果は、2024年11月に一部の欧州メーカー製トラックについて公開される予定だ(ユーロNCAPが公開した画像ではスカニア、DAF、ボルボなどの大型トラックが確認できる)。
また、2027年にはアクティブ・セーフティを強化するための要件が強化され、2030年にはパッシブ・セーフティを強化するため衝突試験が導入される見込みとなっている。
なお、NCAPの評価基準は頻繁に変更される(年々基準が強化される)ので、評価年が異なると単純比較はできない。特に今回は小型バンの評価方法をベースに大型トラックまでカテゴリを拡大したもので、今後の基準変更も充分に考えられるため、その点については留意する必要がある。
法定の安全基準を超えるためのベストプラクティス
2024年のNCAPは専門家や業界関係者も注目している。ユーロNCAPがトラックの安全性のパフォーマンス評価において、どのようなベンチマークを実行するのか示されるからだ。
トラックは創造的な経済を実現する上で不可欠の役割を担っているが、重大な交通事故のかなりの部分にトラックが関係しているのは世界に共通する事実だ。
ユーロNCAPはEUの安全性規則(トラックに先進安全装備などを義務付ける「新GSR」が2024年7月から施行される)に先駆けて、それを上回る評価スキームを設計するとともに、欧州の商用車セクターの多様な要求のバランスをとり、イノベーションを推進することを目指している。
大型トラック用の評価スキーム公表に際して、ユーロNCAPの事務総長、ミシェル・ファン・ラーティンゲン氏は次のようにコメントしている。
「本日はユーロNCAPの『トラック・セーフ』評価スキームの開発において記念すべき日です。
残念なことにトラックが関係する事故は、その大きさと重量により、交通弱者(VRU、歩行者や自転車など)の死亡リスクが大幅に高くなります。ユーロNCAPは、命を救うためのより良い技術をトラックに搭載する必要があることを強調します。特に衝突回避、視界の改善、衝突後の被害軽減などが重要です。
本日アナウンスされ、来月に正式公開するプロトコルは、過去10年間の間に乗用車向けに開発された試験方法のベストプラクティスが、より安全な大型トラックを設計する上でも役に立つことを示しています。
評価に先立って必要な要件と手続きを明らかにするのは、業界関係者がこれに注目し、対応していただきたいからです。DAF、スカニア、ボルボ、ZFなど先進技術を有する大型商用車業界のメーカーが、NCAP24に参加してくれたことを嬉しく思っています」。
ユーロNCAPが2023年に大型トラックの安全性評価を行なうと発表してから約1年となるが、その間、車両メーカーと緊密に連携し試験を開発してきたといい、運送会社、代理店、保険会社、行政当局と政治家、関係団体などとも話しあったそうだ。
EUの交通事故死者数の25%はトラックとVRUの事故によるものとされ、乗用車がそうであったように、メーカーが法定の「最低基準」を超えた安全装備を搭載するためのインセンティブとなることをNCAPは目指している。
安全性向上は事業者にとっても利益になる
トラック事故の特徴は、道路環境(都市交通・高速道路など)や衝突相手(乗用車・VRUなど)によって状況が大きく変わることだ。ユーロNCAPの新しい試験は実際の事故をエミュレートするもので、これによりメーカーに衝突回避技術の導入やドライバーの視界改善など促す。
ユーロNCAPが採用するアプローチは、優れた安全性をもたらす費用対効果の高い技術を強調することで、運送事業者がそれぞれの仕事において最も安全な車両を選択できるようにすることを目的としている。
メーカーが試験に対応するにつれて、試験の要件も進化する。2027年にはトラックの操縦性に係るアクティブ・セーフティの向上が求められる。続いて2030年にはトラックのクラッシュテスト(衝突試験)を実施する予定で、メーカーにパッシブ・セーフティの強化を奨励する。
車両試験は分野ごとに行なわれ、フォーカスするのは「都市部の地場輸送」「高速道路を使った集配送」「長距離輸送」「ダンプとゴミ収集車」となる。最初のレーティングは、2024年11月に発表される予定だ。
ユーロNCAPの戦略開発ディレクター、マシュー・エイブリー氏は次のように話している。
「ユーロNCAPの『トラック・セーフ』レーティングはこの業界で初めて導入されるもので、貨物輸送の関係者全てがトラックの安全性評価にアクセスできるようになります。これによりドライバーの安全性が向上するだけでなく、運送会社はより安全な車両への投資を増やすことで、保険会社や荷主へアピールすることができるでしょう。
また、トラックの安全性という市場を新たに創出することで、イノベーションに向けた競争をメーカーやサプライヤに促すことができます。
地方自治体は管轄する道路に合った車両を決定することができるため、インセンティブなどを導入しやすく、事業者としても、その仕事に最適な車両を簡単に決められる利点があります。
新しいレーティングは、ユーロNCAPの『小型商用バン』安全性評価スキームをベースにしており、商用車において『安全な車両=確実な利益』というユーロNCAPのメッセージを強化します」。
ユーロNCAPが評価するトラック用安全技術とは?
安全性評価における全てのプロトコルと要件はユーロNCAPのメンバーと試験施設の協力によって開発され、メーカーによってレビューされている。大型トラック用の安全技術としてユーロNCAPが評価するのは次のようなものだ。
(安全技術の呼称はメーカーによって異なっており、決まった訳語もないことはあらかじめご了承ください)
・ISA(Intelligent Speed Adaptation)
車両の速度が多くの交通事故の要因になっていることは広く知られており、大型車には高速道路でのスピードリミッターが装着されている(日本では4月より時速80kmから90kmに引き上げられた)。しかし、高速道路より制限速度が遅い一般道ではスピードリミッターが作動しないため、速度超過を防止することができない。
インテリジェントな速度監視(ISA)は、一般道での制限速度の監視と、自動での速度制御を可能にするもの。ドライバーは道路に集中していればよく、意図せずに法定速度を超過する事態を避けられる。システムはカメラとGPS地図などを用いて正しい制限速度を認識し、車両速度がこれを超えるとドライバーに警告するか、そもそも速度超過しないように制御する。
また高速道路の一部区間など、制限速度が変化する道路においては、これを読み取る機能を備えることもある。
・AEB(Autonomous Emergency Braking)
衝突時の被害を軽減する自動緊急ブレーキ(AEB)は数年前からトラックへの搭載が始まっている。車両前部に取り付けられたレーダーや、時にはカメラ画像などを活用して、衝突する可能性のある前方の物体(主に自動車)を認識する。
ユーロNCAPによると、現在のトラック用AEBは追突事故を40%低減する効果があるが、これは乗用車に比べるとパフォーマンスが低い。トラックが他の車両の後部に突っ込む形の追突事故は多く発生しており、AEBの改善により追突による死亡事故を9%(トラックが関与する追突死亡事故の17%)削減する可能性があるという。
・AEB VRU(AEB Vulnerable Road Users)
VRU(交通弱者)対応型AEBは、ユーロNCAPでは2016年から試験を行なっており、乗用車の新車では交差点を渡っている歩行者(子供も含む)に対しても作動しなければならない。しかし、現在市販されいる量産型トラックで同システムを標準搭載するのは1車種だけだ。
歩行者は車両より検知が難しく、カメラとレーダーのデータを組み合わせて活用する必要がある。システムはドライバーに警告するか、状況に応じて自動でブレーキをかける。
ユーロNCAPは、歩行者だけでなく自転車やスクーターなどにも対応したAEBを、すべてのメーカーが搭載することを望んでいる。このシステムは大型車がVRUに衝突する形の交通事故の3分の1を防ぐ可能性がある。
・LSS(Lane Support Systems)
トラックが道路外に飛び出したり、対向車線にはみ出したことに起因する事故は、死亡事故のうちで単独事故の40%、正面衝突の4%を占めている。
こうした事故を防ぐ効果がある車線補助システム(LSS)は、乗用車の新車では装着が義務付けられている。ユーロNCAPはステアリングを激しく動かしても車線の逸脱を防止できるようにシステムをテストしている。
一般的にはカメラによって白線を認識するが、白線が無い場合は道路のエッジを検出し、車両を車線内に留めることでドライバーの疲労を軽減し、道路をより安全にする。
・Nearside Turn AEB/Move Off Prevention
運転席の高さなど、トラックの基本的な構造が事故の原因となっているケースもある。トラックの運転席は乗用車と比べてかなり高い位置にあり、遠くまでよく見えるが、逆にトラック近傍の歩行者や自転車はドライバーから見えにくい。
ドライバーよるVRUの見落としは死亡事故の6%を占め、2つのタイプに大別される。トラックが右左折時に直進してきた二輪車を巻き込む「ニアサイド・ターン」事故と、発進時に前方の歩行者などに衝突する「ムービング・オフ」事故だ。
トラックメーカーは、いわゆる直接視界の改善によりこうした事故の低減に努めてきた。例えば低床キャブの導入や視認性を向上した大型フロントウィンドウ、助手席側のドア下部にあるウィンドウなどだ。
いっぽう巻き込み防止AEB(Nearside Turn AEB)や発進時衝突回避(Move Off Prevention)は、自転車や歩行者との差し迫った事故をドライバーより早く認識し、システムが介入する。ユーロNCAPは熟練のドライバーより迅速に事故防止のための介入ができるシステムを試験する予定だ。
こうしたシステムが機能するためにはセンサー類が車両の周囲にあるドライバーの死角を常にスキャンしている必要があるが、これにより都市部の道路はより安全になる。
・eミラー(Camera Monitor Systems)
eミラー(電子ミラー)は従来のミラーを小型カメラとモニターに置き換えたものだ。後方視界が大幅に拡張されるほか、凸面鏡による画像のゆがみも少ない。
eミラーは一部のケースでは運転状況に応じた視界をもたらす。例えばトラクタ・トレーラ連結車を運転中にステアリングの切れ角に応じてカメラの向きを調整し、ドライバーが常にトレーラの後端部を確認できるようにする機能などが実用化されている。
eミラーによってキャブ周囲の危険を可視化し、死角情報・警報システムと組み合わせてドライバーに危機回避を促す技術は特に有望だという。
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