ヘッドライトのカバーを割る、ドライバーで車体を引っ掻いて傷を付ける、ゴルフボールを靴下に入れて振り回し車体を叩く――。これらは中古車販売大手ビッグモーターが行っていた、“車体損傷作出”の例だ。
ビッグモーターが事故車修理における保険金を不正請求していた問題が大炎上したのは、昨年夏のこと。特別調査委員会による調査報告書の内容が世に出ると、一気に批判報道が過熱した。7月25日の謝罪会見で、兼重宏行社長(当時)が「ゴルフを愛する人への冒涜です」といった発言をしたことも火に油を注いだ。
さらに疑いの目は中古車業界全体にも向けられた。ある業界関係者は「問題を起こしたのが業界最大手だったので、業界全体が悪だと言われてしまっている」と嘆く。だが、メディアの取材や社内調査によって、他の企業でも不適切な事案があることが明らかになった。
例えば、東証グロース市場に上場する中堅のグッドスピードでも、2023年8月下旬に保険金の過大請求疑惑が浮上、社内調査委員会の調査によって複数の不適切事案が判明している。同社では今年1月初旬に、2019年4月の新規上場以前から不正会計を行っていたことも明らかになった。売上の先行計上は、2017年10月からの約6年間で5000件超に及んだ。
大手の一角、ネクステージも9月に文春砲を浴びた。文春からの質問状に回答する形で、過去に保険契約の捏造などがあったことを開示したうえで「適切な対応を行ってきた」と反論した。
もともとトラブルが多い市場
中古車業界は消費者とのトラブルが多い。全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)に登録された「中古自動車」に関する相談件数は、2019年度から2022年度まで、毎年7000件超。2023年度はビッグモーター問題もあってか8500件を超えるなど、毎年一定程度の相談がある。
「もともと中古車の買い取り・販売では、何度も執拗に電話をかけるなどの強引な接客があった。嫌な思いをしたり、そうした行為を見聞きしたりした消費者から、あまりよいイメージを持たれていなかった」(大手中古車事業者関係者)。
ただし、こうしたイメージ悪化の実ビジネスへの悪影響は、少なくとも現時点では見られない。
2023年度の中古車登録台数(登録車+軽自動車)は前年度比2.5%増の645万1230台。5年ぶりにプラスとなった。コロナ禍や半導体不足によって落ち込んでいた自動車生産が回復傾向となり新車販売が増加、つれて中古車市場も活気が戻っている。
決算発表が集中する2月に、上場する中古車販売会社に話を聞いて回ると、多くの企業が「ビッグモーター問題による業績影響はほとんどない」という。むしろ最大手だったビッグモーターの弱体化の恩恵を受けている企業もある。
もちろん、足元で業績へのマイナスがないからいいわけではない。ある中古車企業の社長は「業界全体の評判が落ちたことで、当社では新卒も中途もエントリー数が減っている」と危機感をあらわにする。
ネクステはインセンティブ制度を廃止
信頼回復に向けた取り組みも始まっている。例えば、文春砲を浴びたネクステージは昨秋、従業員に対するインセンティブ制度を廃止した。
ビッグモーターで不正が蔓延した背景には、厳しいノルマの設定や高額なインセンティブといった過度な成果主義的報酬体系がある。ビッグモーターほどではないにせよ、「中古車業界は全体的に、数字至上主義の風土がある」(業界関係者)。
ネクステージの浜脇浩次前社長は昨年9月の退任直前に、不正や不適切事案が起きる背景について「営業が一生懸命販売するようにインセンティブで釣っているという捉え方はできる。その一生懸命が強引な販売や買い取りといった悪い方向に出ることもある」と分析、インセンティブ廃止の決断を東洋経済の取材で明かした。
インセンティブ頼みは営業系の会社では多かれ少なかれある。インセンティブという”ニンジン”をぶら下げて営業職員のモチベーションを高めることで、実際に数字が上がるからだ。インセンティブを廃止すれば、不正のリスクが低下する一方、営業力が弱まる懸念がある。
現場で不正をする動機をなくすために、ネクステージはインセンティブを廃止した(記者撮影)ただ、ネクステージの広田靖治会長兼社長は、「商品ラインナップや車両価格、購入後のアフターの利便性などに優位性がある。インセンティブをなくしたからといって、お客様の数が大きく減ることはない。むしろ、(強引な接客がなくなるので)もっと多くのお客様に来ていただける」と自信を示す。
中古車買い取り大手カーチスホールディングスの長倉統己社長も、個人的な意見と断りつつ、「インセンティブありきのビジネスは断ち切るべきだ」と賛同する。現状の中古車業界では給与全体に占めるインセンティブの割合が高いが、「ベースとなる給与や賞与を上げてインセンティブの比重を極力下げたい」と変革を示唆する。
中古車両販売時のトラブル防止へ向け、業界を挙げた取り組みも進んでいる。
従来、業界では安価な車両価格を表示して集客するが、実際には保険料など諸経費が上乗せされるので購入価格が予想以上に高額になるトラブルが少なくなかった。この問題に対しては、中古車販売事業者も加盟する自動車公正取引協議会が動くことで、昨年10月に「改正自動車公正競争規約・同施行規則」が施行された。
東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら中古車の販売価格の表示は、“車両価格”に保険料などの“諸費用”を加えた「支払総額」にすることが義務化され、消費者にとっては購入金額が明瞭になった。ある調査会社の中古車業界担当者は、「支払総額の義務化で、不透明だった業界環境の一部がリセットされる。これを機に、いかに真面目に商売をしていくか、信頼回復の道はそれ以外にない」と各企業の奮起に注目する。
ビッグモーター問題で明らかになった、板金部門による車両保険の水増し請求については国土交通省が重い腰を上げた。今年3月29日、「車体整備の消費者に対する透明性確保に向けたガイドライン」を公表。板金や塗装などを行う整備事業者を対象に、整備箇所の撮影や自動車ユーザーへの適切な説明を実施することを、”望ましい取り組み”として打ち出した(義務ではない)。
自動車の整備は、一般の消費者にはわかりづらい領域だ。自分の車がどのような整備をされているのか、そしてそれがどのような工数を経ているのかが見えづらく、ブラックボックスとなりやすい。中古車事業者だけではなく、新車ディーラーでも整備領域での不正は頻発している。今回のガイドライン制定が自動車のアフターマーケット全体での信頼向上に繋がることが期待される。
伊藤忠のBM買収に歓迎の声
さらに複数の業界関係者が信頼回復の“妙薬”として熱い視線を注ぐのが、大手総合商社・伊藤忠商事による「ビッグモーター買収」だ。創業家が関わらない形での再建を目指すとされる。
伊藤忠の参入に対し、業界からは歓迎の声が挙がる。ネクステージの広田会長兼社長は、「伊藤忠はしっかりした企業なので、信頼回復もやって頂けると思う。(ビッグモーターの)受け入れ先としてはよかったんじゃないか」、他社の首脳も「業界が受けたネガティブな影響が、伊藤忠によってプラスに転じる可能性が高いと思う」と言う。
新車に比べて安価で入手しやすい中古車は、われわれの生活とも密接に結びついている。そんな中で起きたビッグモーターの不正は、中古車業界全体の信頼を落とした一方、業界の改革機運を高める契機にもなった。ビッグモーターの不正を奇貨に、昔から「レモン市場」として知られる中古車業界は生まれ変われるだろうか。
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