「卵子凍結」を本気で考える女性たちが増えています(写真:shimi/PIXTA)この記事の画像を見る(5枚)

生命は、卵子と精子が出会い、受精することで発生する。

しかし、卵子に関しては女性の加齢によって妊娠しにくくなることがわかっていることから、若いうちに卵子を凍結しておく「卵子凍結」が注目されるようになった。

女性タレントが卵子凍結を公表し、「欲しくなったときの保険として凍結した」と話したことで、ハードルはますます低くなった。妊娠について漠然とした不安を持つ女性たちの間で、今、卵子凍結は、その不安をちょっと和らげてくれる「お守り」として普及しつつある。

4年前、卵子凍結を選んだ

会社を経営する川嶋菜緒さんも、卵子を凍結した女性の1人だ。

4年前、36歳のときに卵子を凍結した。きっかけは母親からのすすめ。高齢妊娠かどうかの境目とされる35歳になった時点でパートナーがいなかった菜緒さんは、医療施設を探し始めた。

卵子凍結を決めた理由は「焦りたくない」ということだった。周囲にいる同年代の友人たちも、その年齢ならではの焦りを抱えていた。

「マッチングのサービスを利用してパートナーを探す人も、たくさんいました。そこでは『妥協が必要』と言われるそうです。でも私は、自分が決めたことを大事にしてきたので、とてもそれはできないと思った」

とはいえ、時間というプレッシャーは容赦なく菜緒さんを苦しめる。起業した自分の会社が軌道に乗り、大きく育てていきたい時期に、妊娠できる時間のカウントダウンが重なるのはつらかった。

「妊娠しにくくなることで、女性は価値がなくなったように言われてしまう。それなら、価値の低下を緩和する技術を使って自分の価値を保つのも、1つの選択だと考えました」(菜緒さん)

採卵のためには、自己注射をしてたくさんの卵胞を育てる必要がある。初めての自己注射は友人にそばにいてもらい、やっとの思いでやり遂げた。

そして採卵。幸い、菜緒さんは同年齢の平均よりも多い16個の卵子が採れた。「凍結を終えたときは、ほっとしました」と菜緒さんは振り返る。

自身の卵子凍結について語ってくれた菜緒さん。女性のためのランジェリーブランドを自力で立ち上げ、11年目になる(写真:本人提供)

都の助成事業に1500件もの申請

日本生殖医学会が卵子凍結を最初に容認したのは、がんの治療を始める人などを対象にした「医学的適応の卵子凍結」で、2000年のこと。やがて「社会的適応の卵子凍結」も認められ、「パートナーが見つからない」「今は仕事が忙しい」など、さまざまな理由で卵子を凍結する女性が出てきた。

2023年9月には、東京都が卵子凍結の費用を助成する事業を開始。2024年4月5日現在、申請件数はすでに1500件を超え、事業開始当初に予想された件数200件の7倍以上となっている。

必須となっている説明会の申し込みは9600件を超えており、2024年度も事業は継続。予算の規模は前年の5倍に増えた。

卵子を凍結して4年。菜緒さんはパートナーと巡り合った。

彼は医療関係者だったこともあり、「卵子を凍結してある」と菜緒さんが告げると「自分の体のこと、よく学んで、よく考えているんだね」と、好意的に受け止めてくれたという。

そして今、妊娠に向けて一歩を踏み出した。妊娠できるかどうかは、誰もわからない。先は長いかもしれないが、40歳になった菜緒さんにとって、36歳で採卵した卵子の存在は励みになる。

こうした経験をYouTubeなどで伝えている菜緒さん。自身が卵子凍結した当時ほどではないが、今でも、身近に卵子凍結について話す相手がいない女性は多い。動画を見た女性から、メッセージをもらうこともある。

「たくさんの女性が、妊娠しないまま年齢を重ねることに危機感を持っています。それに抗うために卵子を凍結するという方法が登場しましたが、そこにも不安や迷いがたくさんあります」

卵子凍結について語る菜緒さん。YouTubeチャンネル「Dignity101〜尊厳について今なお考え中。〜」より

菜緒さんに相談を寄せた女性たちは、「こんなに大変だなんて、知らなかった」と苦労を打ち明けることもある。

精子提供を考える女性も

卵子凍結をする人の多くが、未婚者だ。卵子凍結ができたあとも、なかなかパートナーが見つからず、歳月が経つことにプレッシャーを感じる人も多い。精子提供を受けることを考え始めた女性もいる。

でも、日本で第三者から精子をもらえるのは、無精子症などで悩んでいる夫婦に限られる。昨年、第三者からの精子提供などを規定する新法の案がまとめられたものの、提供を受けられるのは婚姻関係にある夫婦だけ。シングル女性は対象外となっている。

未婚女性が精子提供を受けるには、海外のエージェンシーに依頼するかたちになり、そのハードルは、かなり高いといわざるをえない。だが、「選択的シングルマザー」になることを決断した友人に、菜緒さんは心からエールを送る。

「簡単なことではないけれど、素晴らしい決断です。1人での子育ては大変だと思うので、生まれたら、私は手伝いにいきたいです」

女性たちに希望を与える卵子凍結だが、課題もまだまだある。

東京都に先んじて、2015年に少子化対策の一環として卵子凍結の助成事業を行ったのは、千葉県浦安市だ。

事業は2018年に終了し、卵子凍結を行ったのは34人。1人だけ凍結した卵子で出産した。凍結卵子を使わず自然妊娠などで出産した人が5人いたが、ほとんどの卵子はまだ眠っている。

当時、順天堂大学医学部附属浦安病院リプロダクションセンター長として、この事業を担ったのが、産婦人科医の菊地盤医師(メディカルパーク横浜院長)だ。最近、凍結した人へのアンケートが実施されたが、「産めない状況が変わっていないから、まだ産んでいない」という解答が多かったという。

「凍結した女性たちは、産めない状況が変わることを期待して凍結したわけですが、5年経っても変わっていない。これでは少子化対策になりません。凍結した女性が個人的に頑張るだけではなく、男性も加わったもっと根本的な議論を始める必要があります」(菊地医師)

浦安市の卵子凍結の助成事業にかかわった菊地医師(写真:本人提供)

「精子凍結事業」には無関心

ちなみに浦安市のこの事業は、精子も凍結することができた。

精子も老化するものの、卵子ほど明確な影響はない。でも、がん治療を受ける前には精子を凍結しておく男性もいるので、浦安市は卵子、卵巣組織のみならず精子の凍結も助成の対象とした。

しかし、精子の凍結に関心を持った報道関係者や市民はおらず、同事業は“初の自治体による卵子凍結事業”として話題をさらった。

それでも、菊地医師は「事業は、意識を変えた」と言う。

卵子凍結の前には妊孕(にんよう)性に関する説明会を行った。すると説明会の後「妊娠は早いほうがいいことがよくわかった」と自然妊娠したり、すぐに不妊治療を始めたりして出産した人が一定数いた。

浦安の事業の経験から、菊地医師は東京都から制度設計について助言を求められたときも、説明会の大切さを強調し、このスタイルは都の助成事業にも受け継がれた。

一方で、卵子凍結をした未婚者の出産については、菊地医師も難しさを感じている。

「例えばフランスでは、未婚の女性でも、同性愛のカップルでも、卵子や精子の提供を受けられ、子どものいる家庭を築くことが法的に認められています。しかし、日本では第三者の精子、卵子をもらうことについて、法整備がまだできていません」

採卵した乱視を確認する胚培養士(写真:メディカルパーク横浜提供)

卵子の時間を止めておく

卵子凍結は、凍結することだけを考えれば、単に「卵子の時間を止めておくだけ」のように見える。一見、とても合理的な話だ。しかし、そこには、卵子を凍結した女性たち1人ひとりの、命や家族に対する想いがある。

卵子凍結という技術がもたらした可能性は、社会や家族を変えるのか、それとも日本は、やはり従来の家族観にしがみつき続け、単なる「お守り」として、一時の安堵感のサービスとして未婚女性たちに凍結の助成を広げていくのか。

いずれにせよ、卵子凍結を、年齢にプレッシャーを感じている女性だけの問題としてはいけない。

子どもが欲しいのに産めない人が、なぜこんなにたくさんいるのか、産みたい人がさまざまな生殖技術を使うことについて、どんな話し合いが必要なのか。卵子凍結への注目を機に、みんなに考えてもらいたい。

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