「ハート」のキョウチヂミのシリーズ。伝統的な素材に色彩や技法が加わることで、華やかで楽しい雰囲気に

年々暑い時期が長くなり、注目されている素材がある。糸に撚(よ)りをかけて織った綿や麻などの織物「ちぢみ」だ。江戸時代から着物やその下着などに用いられていたとされ、シーツなどの寝具で活用している人もいるかもしれない。撚りによって生地表面にシボが生まれ、肌にあたる接点が少ないため、汗をかいてもべたつかない。さらっとしていて涼しい。

そんな素材が、ピンクやブルーといった豊かな色彩のシャツやパンツ、ワンピースに。イッセイミヤケ(東京・渋谷)が展開する「HaaT(ハート)」には、綿100%のちぢみ素材を用いた定番のシリーズがある。

「京都の暑い夏。子どもの頃から、おじさんたちが水をまいて涼むときに、いつも着ていたちぢみのステテコを見てきた。くつろぐときに、気持ちよさそうだった」。トータルディレクターの皆川魔鬼子さんは京都出身。長年こんな思いを抱いており、「KYO CHIJIMI(キョウチヂミ)」と名付けて2017年から展開している。「ステテコの生地だけれど、糸を変えてちゃんとデザインすると、外にも着て行けて、お食事も行ける」。かつては夏のものだったが、今では春から秋まで寄り添う素材となり、男女を問わず、最近では若い世代からも人気を集めている。

四角形のパーツを組み合わせたデザインは、渦を巻いたようなフォルムが美しい ©ISSEY MIYAKE INC.

肌触りよく蒸れにくいことに加え、軽くてしわにならず畳むと小さくなり、旅行や出張など持ち運びにも便利な素材だ。自宅で手洗いもできる。それだけではない。皆川さんは、最大の魅力を「太陽の光があたると、シボによって影ができる質感」という。「体にぴたっとせずふわっとしている。空気感があって、生地に膨らみがありながらも、ドレープ感があるのがいい」。生地の陰影が雰囲気のある奥行きを生みながらも、着用した姿は着心地同様、やわらかくやさしい印象になる。

00年に始まったハートは、主に天然素材を用い、生地から発想した服作りをしている。皆川さんは「『この素材に合ったデザインはこんなのかなぁ』と、みんなで話し合ってデザインしている」と話す。「テキスタイルなのか、洋服なのか、どのジャンルにも属さないあいまいなところで、楽しく作っている」

現在の京都市立芸術大学在学中に、テキスタイルの創作を始めた皆川さん。三宅一生さんが「イッセイミヤケ」ブランドを立ちあげた1971年発表のコレクションからテキスタイルを担当し、素材を探したり開発したりしてきた。今も毎シーズン、新しい工場を探しては訪れている。

試作品を手にするトータルディレクターの皆川魔鬼子さん。手前にあるロール状の生地を湯に通すと半分ほどに縮み、シボができる

キョウチヂミの染色加工を手がけているミテジマインダストリー富山(富山県小矢部市)との付き合いも古い。カシミヤなど繊細な素材の染めを得意としており、「長年技術が保たれ、丁寧な染めができる工場。それに、水がきれいなところというのが大事だと思っている」(皆川さん)。工場では、立山連峰の天然の地下水をくみ上げ、さらに軟水化したものを用いている。

工場を訪れると、まだシボのない平らな生地の状態の服が置かれていた。どれも最終製品よりかなり大きく、なかには2倍ほどのものも。これを湯に通すことで、縮んで凹凸が生まれる。

まず綿そのものの色を漂白し、その後、色を入れていく。訪れた日は、鮮やかなオレンジ色の染料のなかで、キョウチヂミのトップスが気持ちよさそうに漂っていた。パドル機と呼ばれる機械で、羽が回転し、染液がゆっくり攪拌(かくはん)されるなかに、洋服を泳がせるようにして染める。

パドル機で、時間をかけてライトベージュに染め上げたところ。その後、脱水、乾燥して仕上げる(富山県小矢部市のミテジマインダストリー富山)

綿素材では用いることが少ない機械だが、生地へのダメージが少なく、風合いよく仕上がるという。シボのあるちぢみ素材は「色が入りづらいので、温度を調整しながらゆっくり染める」と、同社の梁川拓さんは説明する。染めの工程だけで3時間ほどかかるが、発色を確かめながら、時間をかけてまんべんなく色を浸透させることで、鮮やかだったり、淡かったり、様々なトーンの美しい色が生み出されていく。

染色は後処理も含めて多くの水を使うが、敷地内には分解槽など浄水施設があり、使用した水は基準を満たした水質に戻して排水する。「工場の一番の特徴は豊かな水。だからこそ水を大切にしている」と梁川さんはいう。

こうしたカラフルな染めに加えて、様々なアイデアや技法を加えることで、昔ながらの素材が今の時代の空気をまとう。シボの見え方の異なる生地をパッチワークのように組み合わせたり、刺しゅうやレースを施したり。2色の柄になったものは、京都で抜染の職人が、一度染めた色を部分的に抜き、そこに新たな色で模様を描いている。

「ルールがあってないようなもの」。皆川さんがこう話すように、ちぢみは作り手としてもおもしろい素材だそう。伸縮性に富んでいたり、生地の縮率を変えればシボの雰囲気も変わるため生地そのものをデザインできたり、一般的な織物の生地と比べ、自由に創作できる。「ひとつの素材からいろいろなものができ、ベテランの人でも新しく入った人でも、キャリアを問わずアイデアを出し合える」

ハートは2021年から、展開するアイテムを3つのラインに分けている。季節や気温変化に対応する毎日のための「EVERY DAY」。少し頻度は落ちるかもしれないが、様々な場面で着られる高品質な「EVERY WEEK」。そして、より手仕事が加わった特別な日のための「EVERY MONTH」。キョウチヂミのアイテムのほとんどは「毎日」。今日もあしたもあさっても、袖を通したくなる。

井土聡子

吉川秀樹撮影

[NIKKEI The STYLE 6月16日付]

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