選択的夫婦別姓の導入を望みながら、夫は妻の姓を選んだ。2人には、それぞれの父方、母方あわせて四つの墓が残されている。
夫は悩む。自分はどのお墓に入るべきか、将来お墓をどうするか……。差し迫った問題ではないが、答えはなかなか出ない。
状況を一変させた「妊娠」
夫婦や家族の形が多様化するなかで、「婚家(こんか)の墓」に入る慣習に違和感を持つ人がいる。東京都内在住の30代の男性会社員、うたさんもその一人だ。
2022年に結婚式を挙げた。学生時代に妻と交際を始めた日からちょうど10年の節目だった。
婚姻届は出さない、事実婚を選んだ。結婚の話題が出るたびに「なんでどちらかが姓を変えなければいけないんだろうね」と疑問を抱いてきたからだ。
お互いが生まれ持った名前を大切にしたいし、相手に姓を変える苦痛を味わってほしくない。インターネット投稿サイト「note」に「うた」の名前で当時の思いなどをつづってきた。
住宅ローンの審査など、その後も婚姻届を出すべきか、迷う場面はあった。そのたびに審査について調べたり、話し合ったりして事実婚を続けた。
状況が一変したのは23年11月に妻の妊娠が分かったとき。事実婚の夫婦の間に生まれた子どもに不利益はないのか――。どれだけ調べても「確認漏れがあるかもしれない」と不安を拭いきれなかった。
婚姻届を提出することに決め、夫婦どちらの姓にするか、話し合った。「自分の姓に変えてほしくない。私があなたの姓に変える」とお互いが譲らなかった。
うたさんは「選択的夫婦別姓を訴えているからこそ、男性である自分が変えたほうが当事者意識を持ち続けられる」と妻を説得。「妻の氏」を選び、婚姻届を提出した。
大切にしたいのは「一つ」
戸籍上は妻の姓になったが、うたさんは職場では旧姓を使っている。「妻の姓を自分の姓として書いたり、病院で呼ばれたりすると違和感があります」と率直に語る。
2人の間で気がかりなのが墓の存在だ。
うたさんには亡くなった父が埋葬されている父方の墓、母が管理する母方の墓がある。妻にも父が眠る墓、母方の墓がある。
夫婦には計四つの墓が残されていることになる。どのお墓に入るか、残された墓をどうするか、妻と真剣に話し合ったことはまだない。
うたさんは「もし、親戚から『妻の姓に変えたのだから、妻の実家の墓に入れ』と言われたら、妻は怒ると思います」と推測する。夫婦の枠組みと、お互いの選択を最も大事にしたい、と2人は考えるからだ。
妻は今夏に出産予定だ。「生まれてくる子どもに四つある墓を残したいとは思いませんが、具体的に方法を考えているわけではありません」
大切にしたいことは一つだ。
「私は妻の『家』ではなく、妻と結婚しました。妻が何を思うかが一番大事で、私が先に死んだ場合は妻のやりやすいようにしてくれたら。残された家族が故人をしのびやすい形を探っていきたいです」【山本萌、御園生枝里】
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