鼻を使って豪快に泥浴びする砥夢=多摩動物公園で2024年6月14日、斉藤三奈子撮影
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 多摩動物公園(東京都日野市)は、アフリカゾウの傷ついた牙を抜く抜牙(ばつが)処置に国内で初めて成功した。5月22日に左牙を抜いたアフリカゾウの雄「砥夢(トム)」(15歳)の経過は良好で、木の枝を食べたり、泥浴びしたりして、元気に過ごしている。アフリカゾウ班の班長、藤本卓也さん(49)は「患部が落ち着く半年~1年は感染症などに注意してケアしたい」と話している。

 砥夢は2009年、愛媛県立とべ動物園で生まれた。牙を壁や柵にこすりつける癖があり、医療用のギプスなどで保護した。12年、多摩動物公園にやって来た。やんちゃで遊び盛りの砥夢は丸太や土山を牙で突いて、度々、保護カバーが壊れたり抜けたりした。若者に成長する過程の18年、左牙の先端から約30センチを折り、歯髄や血管が傷ついた。止血や消毒を根気よく行ったが21年、内部組織が壊死(えし)し空洞になった。

 ゾウの牙は人間でいうと、上あごの真ん中から2本目の切歯にあたる。牙の根元は頭骨に埋まり、眼窩(がんか)の下に収まっている。牙は戦いの武器になるほか木の皮をはいだり、地面を掘ったりするのに使う。

高いところにつるした青草や乾草を鼻や頭を持ち上げて食べる砥夢=多摩動物公園で2024年6月14日、斉藤三奈子撮影
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 同園は、ゾウの抜牙経験の豊富な米国の専門家グループに処置を依頼し、約1年前から準備した。手術に使う器具はほとんど手作り。処置の進み具合やさまざまな状況を想定して、大量の器具を日本に持ち込む許可を取った。

 砥夢の体重は4320キロ、地面から肩までの高さは約3メートル。抜牙は砥夢と同じ空間に人間が入って処置する。砥夢を適正な位置で横に寝かせるため、四肢とトレーニング用の柵をチェーンでつなぐ係留トレーニングを行った。麻酔中、神経へのダメージの予防や、麻酔から覚める時、体を起こしやすいよう砂を50センチ盛った。

 抜牙当日、コーネル大(米国)や日本獣医生命科学大(武蔵野市)などの専門家や、砥夢のふる里、とべ動物園など他園の飼育員や獣医師が駆けつけ、総勢66人のチームで臨んだ。多摩動物公園動物病院係の獣医師、太田香織さん(38)は「麻酔中は、長時間横になることで受ける内臓と筋肉のダメージを軽減するため、30人の獣医師が呼吸や血圧の管理を行った。麻酔は負担が大きいので、右牙は温存できるように今後もケアしていきたい」と話した。

 アフリカゾウはワシントン条約で商取引が原則禁止されている。日本動物園水族館協会によると、国内では23年末時点で14施設が24頭(雄4、雌20)を飼育している。1986年以降、国内で誕生したのは砥夢を含む9頭(雄5、雌4)。現在も生きているのは雄2頭、雌3頭だけ。藤本さんは「処置後数日で食欲は戻り、夜は横になって寝るようになった。今後は砥夢の将来についても担当者レベルではなく、多摩動物公園としてしっかり考えていきたい」と話した。【斉藤三奈子】

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