ラーメン、うどん、ちゃんぽん、そうめん――。多彩な麺グルメがあり「麺王国」とも称される九州は、原料となる小麦そのものも国内の一大産地だ。小麦の食料自給率は15%(2022年度)という我が国だが、近年はロシアによるウクライナ侵攻や歴史的な円安で、国産の存在感が高まりつつある。九州一の生産地・福岡を舞台に国産小麦の現状と可能性を探った。
6月初旬、福岡県南東部に位置するうきは市の畑で、コンバインが音を立てて黄金色に実った小麦を刈り取っていく。県内の小麦産地はうきは市のほか、隣接する久留米、朝倉、柳川各市など筑後地方が主産地で、県全体の生産量の約8割を占める。
うきは、久留米両市内で栽培を手掛ける「みずほファーム」の石井康太取締役(35)は「今年は冬場の雨が多かったが、思ったほど悪くない」と胸をなで下ろした。ここ数年は全県的に豊作続きで県産小麦の供給が需要を上回っているが、新型コロナウイルス禍を経て「外食産業などの需要が高まっている」と実感する。
農林水産省のデータによると、全国の小麦の需要量は年間約600万トンで、23年産の国産は約109万トン。約71万トンで国産シェア1位の北海道とは差が大きいものの、福岡県は約7万トンで2位。隣の佐賀、熊本両県なども栽培が盛んで、九州全体では約15万トンの生産量がある。ビールや焼酎などに使う大麦の生産量も、福岡県など九州の県が上位に並ぶ。
なぜ筑後地方を中心に小麦栽培が盛んになったのか。一つには冬場が比較的温暖なため、秋に米を収穫した後、冬から春に小麦などの麦類を手掛ける二毛作が可能だったことが挙げられる。
江戸時代の宝暦年間(1751~1764年)創業の田中製粉(福岡県八女市)によると、粉ひき用の石臼を動かすため、創業者が水路を引いて水車を仕立てたという記録が残っており、江戸時代中期には一帯で小麦栽培が既に根付いていたことがうかがえる。
同社の田中宏輔社長(48)は「広大な筑後平野に恵まれたこともあるでしょうね」と話す。創業の80年ほど前には、主要河川である筑後川でかんがい用水用の堰(せき)が整備されるなど一帯では大規模な水利事業が進められていた。広い平野に用水路が整ったことで二毛作の一大産地に成長し、うどんやそうめんなど麺文化も栄えていった。
一口に小麦と言っても、加工品に応じて適した品種があり、福岡県ではいずれも栽培している。ケーキやクッキー用の「シロガネコムギ」、うどん向けの「チクゴイズミ」「ニシホナミ」、主にパンに使う「ミナミノカオリ」、同県が07年に開発した全国初のラーメン専用小麦「ちくしW2号」(愛称:ラー麦)まである。
認知度向上は道半ば
しかし麺王国を支える小麦産地の認知度向上は道半ばだ。うきは市産の小麦を応援する民間団体「うきは『小麦』活性化プロジェクト」代表の松尾潤一さん(55)は「県民どころか市民でも知らない人が結構いる」と嘆く。そのまま食べることが多い米と違い、加工されて世に出る小麦のブランド化は進んでいないという。
そこで21年にプロジェクトを結成し、市内の業者に地元の小麦粉を使った麺類や菓子を作ってもらったり、子どもたちへの農業体験イベントを開催したりして認知度向上を図っている。地元産小麦を「うきはん小麦」として商標登録した。「量を追ってたたき売りはせず、良いものが響く層に届けていきたい」と、小麦を観光資源として発信する拠点づくりにも意欲を見せる。
認知度は低くても、うどんやパン、菓子類など県産小麦を使う飲食店や食品メーカー自体は増えている。例えばラーメン用のラー麦は23年時点で県内1870ヘクタールで栽培され、生産量は7396トン。約200店舗が取り扱っている。ここ数年はこの規模で安定生産しており、県水田農業振興課は「今は更なる品質向上に力を入れている」と話す。
これだけの産地なら、県内の「粉もの」を県産でまかなうことも夢ではなさそうだが、そう簡単ではないという。小麦は本来乾燥した土地で育つ作物だ。日本では収穫期が梅雨と重なり、同県に限らず品質と収量がなかなか安定しないのが課題になっている。とはいえ、日本の気候に対応した新しい品種も開発され、品質は外国産に見劣りしなくなってきている。円安もあり「外国産との価格差が縮まって使いやすくなった」(県内製粉業者)といい、まだまだ伸びる余地はありそうだ。【植田憲尚】
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