知力や体力の衰えを感じる50歳代以降を幸せに生きるにはどうしたら? 高齢者の心と体を研究する国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の西田裕紀子さんによると、年齢を重ねるほど衰える知能と、逆に成熟する知能が存在し、作家の村上春樹さんが体現する「結晶性知能」がカギを握るという。

 新しい環境に適応するため、情報をすばやく獲得、処理し、操作していく。「流動性知能(fluid intelligence)」と呼ばれるこの能力は、年齢とともに衰える。だが、「結晶性知能(crystalized intelligence)」は、経験や学習によって後天的に獲得、蓄積される能力であり、年を重ねるほどに成熟させることができるという。

 それを体現しているのが、作家の村上春樹さんだ。音楽や旅、マラソンなど多彩な経験を統合し、自らの文学作品やラジオ番組に昇華している。さまざまな経験や知識をつなげ、相乗効果と深みを生み出すのは、結晶性知能のなせるわざだと見る。

 大切になるのは、「経験への開放性」だ。好奇心が強く、新しい経験への挑戦を好む特性で、知的な能力を維持するために効果を発揮する。「村上さんが70歳近くになってからラジオのDJに挑戦したのは、開放性の高さの表れとも言えそう」と西田さん。

 ただ、本人が「結晶性知能」を発揮したと思っていても、それが「ひとりよがり」になりかねないリスクもあるという。

 西田さんは、米国の精神分析家、エリク・エリクソンの「生涯発達論」がヒントになるという。

 人生を八つのステージにわけると、中高年がいるのは、7番目の「成人期」(40~65歳ごろ)だ。このステージのキーワードはジェネラティビティ(世代継承性)。子どもを育てたり、後進を導いたり、創造的な仕事をしたりすることで「次の世代に関心を向け、社会に貢献することで高まっていく成熟性」と説明される。

 これと対立する概念は、停滞(stagnation)、もしくは自己陶酔(self absorption)だ。自分中心の世界にいて、関心が自己に集中している場合には、そうなるという。

 例えば、自分の評価を高めることのみが目的の仕事や、自分の手元だけに留め置くために何かを生産しようとすることは、個人としての発達を停滞させる。

 「自己陶酔」した人の言動では他者との信頼関係を築きにくく、「成人期の心理的危機」に陥りかねないと、西田さんは指摘する。(浜田陽太郎)

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