工業団地の緑地帯で草を食べるヤギたち。法人の従業員も一緒になって草を刈る=岐阜県美濃加茂市で

 家畜としての存在価値を長らく失っていたヤギが、輝きを取り戻している。除草による緑地管理に加え、草をはむ光景が癒やしをもたらし、教育効果や人材育成など多様な役割を担う。地域づくりの鍵を握る岐阜県美濃加茂市の「山羊(やぎ)さん除草隊」を訪ねた。(有賀博幸)  8月下旬の早朝、美濃加茂市内の工業団地にトラックに乗ったヤギが“出勤”してきた。その数19頭。うち15頭は昨年、2頭は今年生まれた若年部隊だ。間伐材を組んだ柵の扉が開けられると斜面を駆け上がり、好物のクズなど生い茂る草をむしゃむしゃ食べ始めた。  率いるのは、同市の農業生産法人「FRUSIC(フルージック)」。現在53頭のヤギを飼育する。渡辺祥二代表(54)は「ヤギさんは道具ではなくパートナー。性格や相性に応じて仕事の割り当てやチーム編成をしている」と話す。  同法人は美濃加茂市、岐阜大と提携し、2013年度から5年間、緑地管理のデータを収集し、ヤギ除草の効果は実証済み。本年度も市から公園や調整池など6カ所計2ヘクタールの除草を受託、4月中旬から11月下旬まで延べ110日余の出勤計画を組む。市土木課によると、委託費は通常の人手による除草経費約1500万円の3分の2程度という。  近隣市や企業の依頼は年々増え、遠くは横浜市のENEOS根岸製油所に数頭を1カ月ほど出張させている。渡辺代表は「地域ではシルバー人材の高齢化や定年後の再雇用で草刈り人材が不足しており、企業には環境や生き物との共生意識の高まりがある」と需要増の背景を語る。  美濃加茂市教委は18年度から、希望する小学校でヤギとの「ふれあい授業」を展開する。フルージックから派遣された5~10頭に、餌やりや聴診器で自分の心音と聴き比べをする。「今は多くの学校に動物の飼育小屋がない中、直接ヤギに触れられるのは貴重な体験。児童の情操や命の教育が期待できる」と担当者。  市内の丘陵地に22年に開設された中部国際医療センターは昨年度、敷地内の調整池の周囲でヤギ除草を始めた。本年度も連携する岐阜大の研究用の10頭が半年間常駐。斜面でのんびり草をはむ姿が、患者や家族らを癒やす。広報の坂田一広さん(66)は「『病棟から見えるヤギさんに力をもらって手術を乗り越えられた』と交流サイト(SNS)で発信した患者さんもいる。病院スタッフも理屈抜きで癒やされている」と実感を込める。  同法人は地元加茂農林高校とも連携。ヤギのふんを肥料に土作りをした畑で、生徒たちがサツマイモの苗植えや収穫に携わり、芋を使った焼きドーナツなどの商品開発に励む。ヤギさんの“置き土産”が、地域の人材育成にも一役買っている。

◆「草を有価値に」 自然志向高まり飼育頭数増える

 岐阜大応用生物科学部の八代田(やよた)真人教授(動物栄養学・草地学)によると、ヤギは戦後、タンパク源の確保のため、搾乳用に盛んに飼育され、ピークの1957年には国内で約67万頭いた。その後、流通や冷蔵技術の発達で牛乳が普及したことに伴い、60年代以降、急速に農村部から姿を消していった。  近年は自然志向の高まりで、2022年は約3万1千頭が約5700戸で飼育され、この10年で1・5倍ほど増えている(24年農林水産省資料)。八代田教授は「草は本来資源であり、(乳や肥料として)有価値に変えてくれるのがヤギ。除草需要があり、導入費用のハードルも低いので、新規就農者でも生計を立てやすい」と話す。


鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。