芸人以外の「柱」が見つからない
芸人としての先行きに不安を感じるようになってきた40代において、僕は芸人以外の「柱」をどうやって建てようかと模索していました。
芸人の世界で成功するかどうかは博打のようなものです。ギャンブルに興味がもてなかったのは、僕の人生がギャンブルみたいなものだからかもしれません。売れるかどうかは本当に運次第ですから。
幸運にも僕らは「そこそこ売れっ子」まではたどり着くことができました。ただ、自分たちの冠番組をもてなかった芸人としての仕事は「たぶん楽しくなくなるのやろな」という予感がありました。それでも、自らのブランディングとしては「華やか」に見えるように装わなければいけない。
誰でも思いつくことでしたが、僕はその手段として「NHK朝ドラ」のオーディションを受けにいきました。当時の僕は中村玉緒さんにとてもお世話になっていました。玉緒さんのすべての仕事を把握しておきたかった僕は、ナレーションを担当されていた『てっぱん』という朝ドラを熱心に観ていたのです。
そして、オーディション当日、与えられた課題はまさに『てっぱん』の台本を読んで演技するというものでした。セリフが頭に残っていた僕は、ある役柄について台本をいっさい見ずに演じることができました。それが功を奏したかどうかは不明ですが、『ごちそうさん』という大阪放送局制作の朝ドラに、主人公の夫の上司役での出演がかなったのです。
最高の役者デビューを果たすも「妙な不安」
朝ドラが大好きだった僕の祖母もことのほか喜んでくれました。視聴率もよかったので、役者・木本武宏のデビューとしては最高でした。ドラマ業界でも注目される作品でしたから、この出演をきっかけに民放のドラマや、映画にもお声がけいただけるようになりました。
芸人と役者。この2本柱でやっていければ、釣り合いが取れるんじゃないかと考えていました。
一方で、僕の中には「演技の世界で生きるのは恐れ多い」という気持ちがありました。
「お笑いで仕事ができているからこそ、呼んでくれてんねんで」という現実。畑違いの人間をたまたまおもしろがってもらっているだけだと思っていました。たとえば「俺、お芝居一本でやるわ」となったら、一気に需要がなくなるに違いないのです。
現状はあくまでも間に合わせで、木本武宏のプレゼン手段として「お笑いと演技」の両翼でやっているだけでした。「本物の演技力がない」という化けの皮が剝がれたとき、「細い柱しか残らへんな」となんだか妙な不安を感じました。
細い柱しかなければ、収入が不安定になることは明白です。そうなったときに、芸能界の中の立ち位置などの見栄の部分よりも「どうやって老後をすごすんやろ」という現実的なことばかりが頭に浮かびます。仕事はちょっとずつ減り出している。でも、ギャラはアップしていない。しかも仕事の質も落ちてきている。
「50歳にまだタッチしていないのにこの状態やったら、50歳になったときにはもっと顕著に影響が出るんやろな」
税理士さんからも「なにか事業をやってください」と急かされていました。僕は友人の助けをかりて、ちっちゃな映像制作の会社を作りましたが、趣味の延長みたいなもので、収入の柱にはなりません。事業をやるといっても、そこそこ忙しいので、専念する時間はとても作れそうにありませんでした。
「柱になるものはないか、なにが柱になるんだろう」
と、焦る気持ちが積み重なっていった中で、暗号通貨に出会い、大物芸能人の現実を聞いて、「投資しかない」と思い込むようになっていったのです。
僕は「稼ぐためならば手段を選ばない」のはカッコ悪いとすら思っていました。「安易に稼ぐ」ところから、もっとも遠いところで生きていた僕にとって、「投資の扉」はイコール「転落への扉」でした。
いまTKOは、地獄から再スタートして、お笑いの王道である「コント」の道を突き進んでいます。自分たちの原点である「一本柱」の力を信じて。
不動産投資でFXの損失をカバーするつもりが…
「木本さん、じつは僕もAにお金を預けていたんです」
と切り出したのは、飲食店などを経営していたBという男です。芸能界にも近くて、陽気で愛想のいい、憎めない男でした。10年くらい前からときどき飲みに行く弟分的な存在でした。
Aに飛ばれた後に、Bから連絡がありました。冒頭の言葉はそのときのものでした。Bも以前はそれほど羽振りよくありませんでしたが、偶然出会ったときに、800万円はする国産の最高級クラスのクルマを運転手つきで乗り回すようになっていました。
そんなBもAに金を預けていた。僕らは“被害者の同志”として相談をするようになります。彼は、Aに被った損害を「勉強代だと思っています」といい、「僕はいま不動産投資で、ちょっといい感じなんですよ」と笑顔で語ります。そして、「なんとか木本さんを助けたい」ともいってくれました。
「そんなに成功してるんやね」
僕は感心しました。
「不動産は土ですから、水もののFX投資とは違って“固い”ですからね」
Bは自信満々に続けます。
「じつは、僕の知り合いにすごい会長がいて、その人しか触れない土地があるんですよ。年になんどか、その案件に参加させてもらっているんです」
冷静に考えれば、怪しい土地取引なのですが、僕はFXの損失をどうやって埋めようとしか考えられず、より詳しく話を聞きました。
「扱うのが不動産ですから、はっきりと利回りは申し上げられませんが、うまくいけば、倍とか50%以上の値上がりもありえます」と保証はできないけれど確実に儲かるというニュアンスでした。
僕は「マジか?」となりました。それが実現すれば、損失を補って余りある。じっさいに別の投資家が高額配当を受け取っているのも確認しました。
そして、僕はFXで損失を出してしまったメンバーにも相談して、「返済の足しにするために、不動産投資をやってみようと思う」と伝えました。ほかのメンバーも出資を決め、僕自身は1000万円を投じました。僕を含めた4人からBに渡った総額は5億円になっていました。
投資したお金は、短期では利益が出ませんでした。詳しい内容を聞こうとしても、「たとえ木本さんでも、それだけはいえません。極秘の案件なので、会長に知れたら、僕が切られてしまうんで」
そう返事されると、こちらにはどうしようもありません。Bはまさに“救世主”でしたから、とにかく結果を出して欲しくて、藁にもすがる思いしかありませんでした。
ですが、1カ月後には「1カ月遅れるようです」。2カ月が経っても「上手いこといってません」と、お金が戻ってきません。僕の忍耐は限界に達し、「もう投資はしなくていいから、出した分だけでも返済してくれ」とBに伝えました。
「確実にちゃんと投資される話です。それを途中で止めてお金を抜いてしまうと、会長が立腹して、僕がつき合いを切られてしまうので、それだけは勘弁してください」とBが泣きついてきたのです。
それでもちょっとずつお金も戻ってきたのですが、僕は「もう限界や、どうすんねん」と問い詰めると、会長が日付を設定して、木本さんに直接謝罪の上、利益と一緒に戻したいと連絡がありました。
その約束の前日に自宅に内容証明が届いたのです。Bの弁護士を通じたその文書の大意は「現在のところはお支払いできません。でも、支払う意思はあります」というものでした。
僕はその文書に目を通した瞬間、膝から崩れ落ちました。
なんてことはない、結局、僕はBにも騙されたのでした。
FXに続いて、僕は投資メンバーたちを巻き込んで損失を出してしまいました。すべては僕の責任です。
BもAに騙されたというとっかかりに勝手にシンパシーを感じ、自動的に信用してしまった。
10年ほどのつき合いがあったBが、はじめから僕を騙すつもりだったかはわかりません。後から調べると、これはポンジスキームという、典型的なサギの手口にそっくりでした。
「不安」から始まった、僕の投資物語は、悲劇的な最期を迎えたのです。
「弱みにつけ込まれる」日々で学んだこと
「大丈夫か?」と僕のことを心配する態度を装いながら、本音としては僕を利用すべく近づいてきた人が複数いました。僕個人としては、その人たちを憎からず思っていたので、「いまの俺にそんな危ない話を持ってくるんや」と、心の底からがっかりしました。
『おいしい話なんてこの世にはない どん底を見たベテラン芸人がいまさら気づいた56のこと』(KADOKAWA)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします自分が騙されたからいうわけではありませんが、これからの時代はリアルに善意を見極めるセンスや判断力が、より必要になると思います。
善意は喜んで受け取るべきである。
おそらく真理です。さらに、表面的にはそれが正しい態度だと思います。だからこそ“善意の裏側”まで見通す洞察力が求められるのではないでしょうか。
いろいろな人から「弱みにつけ込まれる」日々でひとつだけ学びがありました。それは「心の底から気遣ってくれる人」と「商売のツールとしか見なしていない人」が、僕の中ではっきりと線引きできたことです。
どんな境遇にあろうと僕のことを心配してくれる人を大切にしたい。そんな心境にあるのです。
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