「街場のすし屋」の倒産が相次いでいる。後継者不足が決定的な影響を与えている(写真:8x10/PIXTA)

「街場のすし屋」という言葉がある。一等地の高級店や大手チェーンの回転ずし店ではなく、住宅街の駅前で堅実な営業を続けているといったタイプの店だ。

当記事は、AERA dot.の提供記事です

インバウンド需要の回復で潤っているのかと思いきや、今、こうした「街場のすし屋」は倒産が相次いでいるという。一体、何が起きているのか、当事者を取材した。

倒産増加はデータからも明らかだ。東京商工リサーチは2月8日、「『すし店』の倒産が増勢の兆し」として、2024年1月だけで5件のすし店が倒産したことを発表。

これは前年同月比で400%増となり、年間の倒産件数は20年以来、30件を超えそうな勢いだという。外食産業に詳しい週刊誌記者が言う。

「4年前も倒産件数が30件もあったことを考えると、長期的なスパンで街場のすし屋が経営難に直面していることが分かります。

東京商工リサーチの調査では、今年2月に倒産した5件のすし店の従業員数は全て『5人未満』だったそうです。街場のすし屋と言えば、夫婦2人きりで営業している店も多い。そうした小規模のすし店で倒産が相次いでいるのです」

厚生労働省の発表によると、すしの市場規模は2019年で約1.5兆円。その後、コロナ禍に見舞われたとはいえ、これだけ潜在的な市場規模があれば、街場のすし屋も利益は出せそうに思える。

だが、現状は想像以上に厳しいようだ。

若い職人の理想と合わなくなった

「街場のすし屋で倒産が増えているのは、コロナ禍が終息しても客足が戻らず、円安で光熱費、鮮魚など原材料費が高騰したことが直接の原因です。

ただ根本的な問題として、後継者不足が決定的な影響を与えています。経営難に苦しんだ大将が『跡継ぎもいないから、店を閉めてしまおう』と決断しているわけです」(前出・記者)

後継者問題に頭を悩ませるのは“名物店”も例外ではない。

東京・東中野の名登利寿司で女将として働く佐川芳枝さんは、1995年に出版した『寿司屋のかみさんうちあけ話』(講談社)などの著作が大きな反響を呼んだエッセイストでもある。

芳枝さんの近作『寿司屋のかみさん 新しい味、変わらない味』(青春新書インテリジェンス)を読むと、名登利寿司の人手不足を女将が支えてきたことが分かる。

結婚した際、店は夫の和宏さんと右腕である“若い衆”の2人が切り盛りし、さらに夫の両親もすし飯の調理や洗い物を担当して店を支えた。ところが時代が進むにつれ、こうした「店を支える職人・スタッフ」が不足していく。

「昔の“若い衆”は薄給と長時間労働が前提でした。その分、給金を貯金させ、のれん分けを許されて独立することも保証されていましたが、80年代後半から若い人の理想と合わなくなったのです。

バブルが崩壊した時点で、“若い衆”の人手不足は明らかでした。そのぶん、女将である私がフォローすることも多くなりました。

私は78年に調理師免許を取り、夫から仕事を厳しく教えられました。魚の下ごしらえを手伝い、焼き物や煮物、巻物の調理は今でも私が担当しています」(芳枝さん)

「女将」の後継者不足も深刻

また昭和のすし店は、出前が大きな収入源となっていた。店屋物と言えばすしかソバだけという時代が長く続いた。

今はコンビニもファミレスもあり、オンライン宅配サービスが和洋中の料理を自宅に届けてくれる。街場のすし屋は経営が苦しくなり、後継者不足を加速させた。

芳枝さんは「後継者不足も問題ですが、実は女将さんの後継者不足はもっと深刻なんです」と言う。

東中野の名登利寿司は息子の豊さんが二代目として後を継いだ。だが豊さんの妻は美容室を経営しており、女将の後を継ぐことはできない。

もし芳枝さんが“卒業”すれば、ホール担当のパートを雇用することになるが、これまで芳枝さんが担ってきた下ごしらえや、酒のつまみなどの調理を頼むのは難しい。

芳枝さんは「息子は厳しい修行を積んでいます。全てのことはできますよ」と笑うが、二代目の豊さんが人手不足のリスクを背負っているのは間違いない。その豊さんが言う。

「私は一度、会社員になりましたが、行き詰まりを感じていた時、『父の後を継ぐのもいいかな』との考えが浮かびました。父の店は繁盛していましたから、“お手本”が身近にあったのも大きかったと思います。

一人前のすし職人になるには最低でも7年の修業が必要です。今の若い人にとっては長すぎる時間かもしれません。

やる気のある若い人は高級すし店に弟子入りします。安定を優先する人は大手の回転ずしに入社します。街場のすし屋で働きたいという人は少なく、私は街場のすし屋の未来には悲観的な考えを持っています」

ちなみに、豊さんには2人の息子がいるが、「後を継ぐとも継がないとも何も言っていない」という。

すし業界も含めた「職人」の後継者不足を受けて、新しいサービスも登場し始めている。3月15日にスタートした「デシツグ」という求人サイトは、「弟子や、アシスタント募集など『師事』に特化した」情報を扱う。

これまでの社員募集サイトとは異なり、伝統技術の継承や事業承継を視野に入れた情報発信を行うことを目的としているという。同サイトを運営するKurumi株式会社の代表取締役・銀屋サトシ氏はこう語る。

「弊社は企業のホームページなどの制作会社として創業しましたが、依頼先から『後継者不足で悩んでいる』と切実な悩みをうかがうことが多く、『デシツグ』のリリースにつながりました。

一般的な求人サイトは給与や休日といった条件面が最優先に表示され、雇用側の思いをきちんと伝えられていませんでした。『デシツグ』は雇用側の思いをインタビューで掲載していますので、たとえば『修行は7年必要ですが、すし職人として独立できます』などの本質を伝えることができます。

お問い合わせやアクセス数も現在順調に伸びていますので、後継者不足解消の選択肢として一役担えるのでは、と実感しております」

庶民が大切にしてきた“文化”

改めて、名登利寿司の芳枝さんに街場のすし屋の魅力を聞いてみた。

「常連になれば、大将や女将さんと楽しく会話ができるということは、よく知られていると思います。高級店では、なかなかそうはいきません。

ただ、常連になると『味』の面でもメリットがあることは、知らない人も多いのではないでしょうか。

二代目の息子は常連さんから予約が入ると、『あのお客さんは、これがお好きだ』と仕入れの段階で準備します。街場のすし屋は“お客さんの顔が見える商売”をしており、それが魅力です。

全国で1軒でも多く、これからも営業が続けられることを心から祈っています」

庶民が大切にしてきた“文化”としても、待場のすし屋が減ってしまうことは大きな損失だろう。

(ライター・井荻稔)

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