年齢や障害の有無にかかわらず楽しめるユニバーサルスポーツ「ボッチャ」のボールを、刑務所の刑務作業で作る試みが進んでいる。質の良いボールを安く供給して普及や競技力向上に役立てるだけでなく、受刑者の教育や社会復帰を後押しする狙いもあるという。(海老名徳馬)

甲府刑務所でボッチャのボールを試作する様子(同刑務所提供、一部画像処理)

 ボッチャは的になる白玉に向かって競技者が交互にボールを投げ、いかに近づけるかを競う。わずかな転がりの差が勝敗を分けるため、ボールの質がとても大切になる。質の高いボールは1個で数万円、13個1セットで10万円以上する品も珍しくないという。  刑務作業でのボール作りは、ユニバーサルスポーツを楽しむ団体「UNIスポ」(東京都港区)の角倉恵美さんが提案した。2023年の初旬に刑務所で作られた商品の展示即売会に出向き「高品質の皮革製品がリーズナブルな価格で買える」と驚いた。  当時使っていた手頃な価格のボールは、形状や縫い目などの作りが粗いことが多く、転がりが不安定になりがちだった。「ボッチャのボールも刑務作業で安く作れるかもしれない」と考え、同団体の運営に携わる弁護士の雨宮真歩さんに相談。受刑者の更生や社会復帰に関心を持っていた雨宮さんが、刑務作業の原材料を提供する公益財団法人矯正協会に声をかけた。  「どう使われるかを思いながら作業すれば、受刑者の教育につながる側面もあるのでは」と雨宮さん。話を聞いた矯正協会の大橋哲理事長(63)も「受刑者は、褒められたり、人のために何かをしたりするという経験が乏しい人が多い。作ったボールで競技を楽しんだと伝われば、自分も世の中の役に立っていると自己評価が上がり、人を大切にするという好循環につながるのでは」と前向きに受け止めた。  協会の担当者が、ソファなどの皮革製品を作っており、「技術力が高い」という甲府刑務所(甲府市)にボール作りを打診。ソファの端材などを利用してその年の春ごろに作り始めた。どんな要素が必要かを伝えるため、日本ユニバーサルボッチャ連盟常務理事の渡辺美佐子さんが、刑務所で作業を指導する技官と何度も会議を重ねた。

試作品のボール(左側の二つ)を手にする渡辺美佐子さん。右側の二つは高価な海外製=横浜市で

 「たとえ安くても、質が良くないと使われない」と渡辺さん。23年10月にできた最初の試作品は、縫い目などが角張り「まっすぐ転がらない」。修正点を伝えてできた今年2月のボールは「だいぶまっすぐ転がる」ようになった。やや硬い点が気になったため、中に入れるプラスチック素材の種類を変えることを検討しているという。  協会によると、刑務作業でできた製品は市販の品に比べておおむね半額から2、3割安い場合が多い。協会の担当者は「月に数セットずつから、ボールも安く供給できれば」と話す。  安定供給ができるようになれば、さまざまな効果に期待する声もある。25年6月には懲役刑と禁錮刑を統合し、拘禁刑が創設される。大橋さんは「拘禁刑の刑務作業では、円滑な社会復帰に必要な作業という面が強調される。社会的に意味があるボール作りはその趣旨に合っているのではないか」と期待する。  高齢者や障害者にボッチャを教える機会が多い渡辺さんは「福祉の現場は人手が足りない。将来的に、刑務作業などでボッチャに親しんだ人が、介護の資格を取り、作ったボールを持って就職すれば、レクリエーションなどでも使えて重宝されるのでは」と夢を描く。 

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