ここ数年で、多くのファミレスが店舗数を減らしています。代わりに増えてきているのが「珈琲」系のカフェチェーン。なぜこのような変化が起きているのでしょうか?(編集部撮影)この記事の画像を見る(6枚)

『花束みたいな恋をした』は、ファミレスの物語だ。坂元裕二が脚本を書き、2021年に公開された同作は、主人公2人の甘く、苦いラブストーリー。それは、ファミレスでの告白からはじまり、ファミレスでの別れ話で終わる。

ちなみに筆者はこうした「ファミレスでだらだらするシーン」が出てくる物語を「ファミレス文学」と呼んでいるが、本作は「ファミレス文学」の代表格といえるだろう。

学生が社会人になっていくときの心の動き、そしてある種の「子どもだった自分たちへのノスタルジー」を多分に含んだ本作は、深夜のファミレスで過ごした時間が、どこか夢のような、幻のような空間だったことも表している。ファミレスで、恋人とだらだら話した時間は、もう戻ってこない。本作を見終えたあとに感じるのは、そんな気分だ。

そして、現実に、そんな「だらだらできたファミレス」は過去のものになっているのかもしれない。

苦境に立たされるファミレス

日本ソフト株式会社が発表している統計データによると、2023年、ファミレスの数は前年比で店舗数が1.8%減少している(前年は3.1%減)。同サイトによると「上位4チェーンは揃って減少 増加チェーンも勢いが弱まる」とある。「ファミレス」という業態自体が、厳しい局面に置かれていることがわかる。

ちなみに上位4チェーンは、ガスト、サイゼリヤ、ジョイフル、ココスで、いずれも日本を代表するファミレスチェーンである。全体としての店舗数を見ると増えているところもあるのだが、これは海外店舗を含んだ数字。国内店舗数だけを見ると、どれもジワジワと減少しているのだ。カップルがファミレスで会話をする、なんて光景も少しずつ減っているのかもしれない。

(編集部作成)

コロナ禍で、飲食業は大きなダメージを負った。ファミレスもその例外ではなく、特にガストは2022年に100店舗を閉店するなど、痛手が大きかった。最近ではコロナ禍からの回復もあって業績は上昇気味であるが、店舗数ベースで見ると、厳しい局面に置かれていることは変わらないようである。

ファミレス離れが顕著にわかる「すかいらーくHD」の動き

実際に、ファミレスチェーンの内部では、どのようなことが起こっているのか。詳しく見てみよう。ここで取り上げたいのは、「ガスト」や「ジョナサン」を運営する「すかいらーくホールディングス(HD)」だ。

同社が発表している資料によると、2023年12月期は、ガストが1317店舗から1280店舗で37店舗減、ジョナサンが206店舗から188店舗で18店舗減、合計で55店舗減となっている(2022年12月期、2023年12月期の決算説明会資料より)。

また、2024年もこれらの業態は厳しく、3月までで、ガストは5店舗、ジョナサンは7店舗も閉店している。

ファミレスでは「ガスト」「ジョナサン」を運営するすかいらーくだが、他ブランドへの業態転換が目立っている(筆者撮影)

ただし、すかいらーくHD自体の業績は悪くない。毎日新聞によるインタビューで金谷実社長は「昨年は業績が急回復し、業績見込みを十分達成できた」という。特に、コロナ禍以後、「しゃぶ葉」や「むさしの森珈琲」といった業態が好調で、これらを中心に出店を加速させるという。

2021年通期には、「むさしの森珈琲」は業態転換(グループ内で、別のブランドに変えること)で20店舗も増えている(2021年度通期決算説明資料より)/外部サイトでは写真をすべて見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

すかいらーくHDの事例からわかるのは、ファミレスよりも、「しゃぶ葉」のような1品目に集中した専門レストラン、あるいは「むさしの森珈琲」のようなカフェチェーンの需要のほうが高まっている、ということだ。今後もファミレスからこうした業態への転換は進んでいくかもしれない。

「だらだらできる空間」としてのファミレス

では、どうして「ファミレス」の人気は落ちているのだろうか。これには、さまざまな理由が考えられる。

例えば、もはやファミレスのメニューは低価格だとはいえない、など、消費者の目線から見れば値段的な問題は、大きな要素になる。昨今、外食業界ではステーキ店や、渋谷にあるハンバーグ店『挽肉と米』に端を発したハンバーグ専門店が流行しているが、これらの専門店と比較すると、さまざまな商品を提供することが売りのファミレスでは、商品力でなかなか太刀打ちできない現実もある。

このように、少し考えるだけでも多くの理由が浮かぶわけだが、さまざまなビジネスを「空間」という切り口から見てきた筆者からは、こうしたファミレス低調の影には「空間としての優位性」が低下してきたことがある、と思える。

以下、その点について説明していきたい。端的にいえば、ファミレスの空間の優位性とは「だらだらできる」ことにあり、それが低下してきたのではないか、ということだ。

ここで、冒頭の『花束みたいな恋をした』に戻りたい。この作品では、主人公の2人が深夜のファミレスで語り合うシーンが出てくる。これはもちろん、ファミレスが「24時間営業」していることが前提となる。

ファミレスの24時間営業の歴史は古い。1970年代から始まり、「ファミレスといえば24時間営業」というイメージも生まれてきた。実際、こうした広がりを受けて、『花束みたいな恋をした』だけでなく、さまざまな作品で、「ファミレスでだらだら話す」という場面が描かれてきた。『花束』の脚本を担当した坂元裕二はファミレス好きを公言していて、本作以外でもファミレスのシーンを登場させることでお馴染みだ。

また、星野源は2024年4月2日のオールナイトニッポンを、深夜のファミレスから生中継した。星野は「深夜のファミリーレストランが大好きなんですよ。(中略)その時にだべっている感じがすごく好きなんですよ」と言っている。「ファミレスでだらだらする」ことが、日本におけるファミレス観の一つを形成してきたことがよくわかるエピソードだ。

もちろん、深夜だけではない。昼間でも、ママ友たちがいつまで続くかわからないおしゃべりをしている風景にも出くわすし、高校生たちがだべりながら勉強している風景も見たことがある。

「だらだら、なんとなく過ごせる場所」という空間的な価値を持った存在としてファミレスはあったのではないか。

しかし、ご存じのように、このように「だらだら過ごせる」ことは、ファミレスにおける長時間労働や低賃金労働のうえで成り立ってきたことも忘れてはいけない。

実際そうしたことが問題化するなかで、2017年にはロイヤルホストが、2020年にはガストが24時間営業を撤廃している(ガストは2022年に24時間営業撤廃を一部変更し、現在ではごく一部の店舗で朝5時まで営業をしている)。また、「だらだらいる客」は、店側にとって、望ましい客でないこともたしか。都心にあるファミレスでは「90分制」を掲げる店舗もある。

労働者や店側の観点に立てば、「だらだらいる客」は望ましいものではなく、実際にこうした空間としてのファミレスは、姿を消し始めた。

でも、こうした場所としてのファミレスは、消費者にとっては、商品の種類や価格と同じぐらいか、もしかするとそれ以上に魅力的なものだったと思う。

ファミレスからカフェに「だらだら空間」が移った?

「居場所」という点でいえば、最近顕著なのは「カフェ」の勃興である。さきほど、「すかいらーくHD」の話題をしたときに、「ガスト」や「ジョナサン」が「むさしの森珈琲」に移り変わっている、という話をしたが、こうした「ファミレス」から「カフェ」へ、という流れも、「だらだらできる空間」を軸に見ていくと面白い。

2000年代から「カフェブーム」と呼ばれ、スターバックスやドトールのような「セルフスタイル」のカフェの数が増えている。特にスターバックスは現在1800店舗を超える店舗があり、コロナ禍のときも精力的に出店を続けていた。

興味深いのは、特に日本での出店を広げている「スターバックス」や「コメダ珈琲店」は、「だらだらいる」、つまり「長居」する客をある程度想定したビジネスモデルを作っていることだ。

店舗数を順調に増やし続けているのが「スタバ」ことスターバックスだ(筆者撮影)

例えば、スターバックスは、元CEOの岩田松雄が指摘する通り、無料WiFiや一人席、座りやすいソファなどを設けることで、長時間利用に対して寛容な姿勢を見せている。

また、コメダ珈琲店は、早朝から深夜まで営業することで、それぞれの時間帯の顧客がある程度長時間いても全体として回転率を高めることのできる仕組みを取っていて、「だらだらいる」ことがある程度は許される空間だといえる。

回転率を高める工夫が、消費者に気を遣わせない状況を生み出した(筆者撮影)

実際、週末に渋谷などに行ってみると、どこのスタバも行列ができていて驚く。現在、渋谷周辺には17ものスタバがある。大規模な再開発に伴って誕生した商業施設のほとんどにスタバは入っているが、それでもまだまだその供給が足りていないのは、渋谷に遊びに行く人なら感じることだろう。

「渋谷モディ」は、その良い立地からは考えられないほど空いていることでおなじみだが、4階の奥にあるスタバだけが混んでいる。席数119もある、大型店であるにもかかわらずだ。

このような、「カフェの勃興」「カフェブーム」を感じるたびに、筆者は思うのだ。こうしたチェーン系カフェが増えてくるのに伴って、ファミレスで「だらだら」していた人々が、カフェに移っていったのではないか、と。『THE3名様』の舞台は深夜のファミレスだったが、現代の若者が「だらだら」とおしゃべりするのは、チェーンのカフェになってきているのではないかと。

「ファミレス文学」はどこに行くのか

コメダ珈琲店は、店内全体を木目調にして、どこか落ち着く雰囲気を演出している。これは、コメダ発祥の名古屋の喫茶店をモチーフにしているというが、こうした演出が「ずっといたい」「落ち着く」といった気持ちを消費者に抱かせている側面もあるだろう。

『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

また、スタバも、全体的にゆったりとした店内空間の演出をしている。それに加えて、スタバの場合は、どこか「スタバにいそうな人々」が、そこに集まっているということもあって、ある種の同族意識を、そこにやってきた人に抱かせる。それが、その場にいる人たちの心理的な安全性を作るのかもしれない。

いずれにしても、こうしたカフェ空間の「だらだらいられる感じ」は、もしかすると現在のファミレスにはなくなってしまったものなのかもしれない。

『花束みたいな恋をした』が「ファミレス文学」だとすれば、今後は「チェーンカフェ文学」なるものが誕生するかもしれない。「だらだらできる場所」という側面から、ビジネスの隆盛を見ることが可能なのではないかと、筆者は考えているのだ。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。