特集は難病を抱える男性の挑戦です。「重症筋無力症」を患い、視力もほとんど失われた長野市の男性。60歳の節目に自分を見つめ直そうと「信濃三十三観音札所巡り」を始め、この秋、みごと成し遂げました。
■難病、がん 10年ずっと病気ばかり
山あいの道を黙々と歩く二人の男性。向かったのは小川村の西照寺です。
長野市の西沢昌信さん(60)。目に障害があり、医療用のサングラスと、「白杖」が欠かせません。
西沢さんは2023年春、ヘルパーの力を借りながら県内の寺を巡る「信濃三十三観音札所巡り」を始めました。
ここ西照寺は三十二番。あと一つです。
西沢昌信さん(60):
「障害者、難病、がん。いろいろなものを抱えているので、お世話になった人たちに健康になってほしい。先立たれた人たちに冥福をと」
目の障害は、実は難病の影響によるもの。西沢さんは長く闘病生活を送ってきました。
西沢昌信さん(60):
「60歳って一応一区切りだよなって考えたとき、ここ10年ずっと病気ばかりしてきたなというのがあって」
闘病生活とこれからの自分と向き合うために始めた札所巡り。いよいよ「最終盤」に入っていました。
■重症筋無力症で歩行困難、視力低下
公務員として働いてきた西沢さん。2012年、突然、脇腹に痛みを感じ病院へ行きました。
するとー
西沢昌信さん(60):
「悪性腫瘍、がんだよってボーンって言われて、あれは結構突き刺さりましたね」
病名は「悪性リンパ腫」。いわゆる血液のがんです。診断はステージ3でしたが、5年に及ぶ抗がん剤治療の成果で2017年の秋ごろ「寛解」。
しかし、その半年後、今度は肩の辺りが動かなくなり、再び病院へ。
西沢昌信さん:
「医者が重症筋無力症ですねって。これはもう入院治療しないとだめですって」
重症筋無力症は国指定の難病。徐々に体に力が入らなくなり、歩行も困難になります。すぐに2カ月、入院しました。
西沢昌信さん:
「筋無力症と言われた時、そんなにショックはなかった。100%完治はないよという状況ではあるが、がんっていう自分の中では一個重い、それを乗り越えたっていうのがやっぱ一番大きかったかな」
リハビリを重ね歩けるようになり、退院しました。
薬で症状はある程度、抑えられていますが、生活に大きな支障が出るようになりました。
ステロイド剤の影響でもともと患っていた緑内障が悪化し、視力が急激に低下したのです。右目は明暗がわかる程度。かろうじて見える左目も視野が狭まっています。
■絶望、諦め…心に平穏を取り戻したい
10年に及ぶ闘病生活。60歳を前に、西沢さんは、心に平穏を取り戻したいと考えるようになりました。
西沢昌信さん:
「病気ばっかりしている自分に腹が立った。この先どうなるんだろうという強い不安、怒りと不安。本を読むのが好きだったが、ほぼ絶望的、残念さと諦め。いろいろな感情がぐちゃぐちゃになっている、かなり混乱しているというところで、なんか落ち着くことをやってみようと」
ふと、思い出したのが職場の先輩が行った四国八十八カ所の「お遍路巡り」。「自分も、県内でできる『札所巡り』をしよう」と思い立ちました。
「信濃三十三観音札所巡り」は北は飯山、南は伊那の観音菩薩を祭る33の寺を参拝する旅。江戸時代の初めごろから続いています。
西沢さんは家族やヘルパーの協力を得て、2023年4月にスタート。電車やバスでその市町村まで行き、寺までは徒歩という形で参拝を重ねてきました。
■歩きを支えるのはヘルパー
いよいよ残り3カ所となった札所巡り。10月20日、西沢さんたちはバスなどで西山地域へ。
最初に到着したのは三十一番・長野市中条の広福寺です。
参拝の証し・御朱印をもらいます。
西沢さんと知り合って4年になるヘルパーの倉島晃さん(69)。障害物や階段などを知らせ、西沢さんの歩きを支えてきました。
ヘルパー・倉島晃さん:
「普通何もなければ思い立ったらできるはず、当たり前のことが当たり前にできて。それが社会じゃないかと常々思うので、一緒に私でよければお付き合いしますよと」
三十二番に向かう前に食堂で腹ごしらえ。
住民とも交流します。
住民:
「(寺を)回ってみようと思ったのですか」
西沢昌信さん:
「そうです、面白そうじゃないですか」
住民:
「近くにあってもいかないですよ」
西沢さん:
「もったいない」
再び歩いて、三十二番・西照寺。
■歩いた距離は約300キロ
いよいよ最後、三十三番の高山寺へ。
これまでに歩いた距離は約300キロ。直線距離で長野から神戸までに匹敵します。
高山寺で最後の参拝―。
西沢さん:
「よっしゃー」
御朱印と巡礼を終えた証し、結願証をもらいました。
高山寺の僧侶:
「結願おめでとうございます」
西沢昌信さん(60):
「ありがとうございます」
西沢さん:
「もらっちゃったよ」
「(結願証は)温かさを感じる、すごくうれしい。1週間くらい温かさを思い出してにやにやしていそう」
■まだ心の中を整理できず…
1年半かかった札所巡り。無事、終えることができましたが。
西沢さん:
「心の中で入り混じったものをうまく結論付けたかったが、ぐしゃぐしゃな状態は変わらなくて、どうぐしゃぐしゃかをより理解することによって、自分が自分の病気の状態に怒っていること、不安を抱えることをもうちょっと落とし込めばうまくコントロールできるのでは」
巡礼を終えたばかり。心の整理にはもう少し時間が必要だったようです。
10月27日―。
1週間後、西沢さんは再び、歩いていました。
西沢昌信さん:
「みんなが支えてくれているからそれに感謝、うれしさと感謝と気持ちよさと」
巡礼を締めくくる「お礼参り」に、自宅から約10キロ先の善光寺へ。旧北国街道を歩きます。
丹波島橋を渡り、人通りの多い中央通りへ。
西沢さん:
「山道よりも歩きづらいかもしれない、この状況は」
倉島さん:
「境内入りました」
西沢さん:
「はい」
歩き始めて2時間半、善光寺に到着しました。
■怒りや不安、失望も自分の一部
札所巡りを終え、改めて自分を見つめ直した西沢さんはー。
西沢昌信さん(60):
「いろいろな思いが、それすらも一つ一つが自分なんだと改めて認識して、否定するのではなく一緒に歩んでいく。一つのことを成し遂げたという喜びと、次の新しいものを探せる期待がワクワク感の中にどんどん大きくなっている。やりたいことは山のようにある。視覚障害がやるの?ということを、どんどんやりたいと強く感じる」
怒りや不安、失望も自分の一部。
西沢さんはこれからも歩き続けます。
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