英国人グレイソン・ペリーさんによる「ホモ・ファーベル」出展のタペストリーは、無名の職人らにささげられている

近年のイタリアにおける工芸と、それに関わる職人の立場は安寧なものではない。

ベネチア・ムラーノ島の吹きガラス工房は好例だ。新型コロナウイルス禍以降、燃料の価格が大幅に上昇。小さな工房は窯の火を燃やし続けることが困難となり、閉鎖に追い込まれている。ガラス職人の前途は厳しい。

ガラスだけではなく、そのほか多くの業界でも同様だ。職人を志望する者は少なく、後進を育てる余裕もない。水道工事をする人や電気機器の修理人も、服の仕立屋も、イタリアでは職人である。彼らの数はおしなべて減少傾向にある。

ただここ10年近くの間、職人の仕事に光が当たることが増えてきている。

工業製品が隅々まで普及した反動か、ファッションブランドはこぞってコレクションにおける手仕事の素晴らしさに焦点を当てた。ものづくりの存続のためには若手職人を育てることが不可欠と、キートン、トッズ、ブルネロクチネリなどの各社は独自の学校を社内に設け、職人の育成に努めてもいる。コロナ禍後は一般市民の間でも、陶芸や農作業など手を動かすことへの関心が高まった。

2018年に始まった展覧会「ホモ・ファーベル」はまさに時代を読んだ試みであった。「工作する人」を意味する展覧会名の通り、各国から集めた陶芸や木工、銀細工など様々な職人芸の粋を展示し、手仕事の伝承と現代工芸の育成につなげることが目的だ。

会場は建築家アンドレア・パッラーディオが16世紀に設計した修道院を修復したもの。重要な文化遺産だ

手がけるのは「ミケランジェロ財団」。宝飾ブランド「カルティエ」などを擁するラグジュアリー大手リシュモンのヨハン・ルパート会長らが設立した。場所はベネチアのサンジョルジョ・マッジョーレ島にある、文化支援のためのジョルジョ・チーニ財団の建物。4000平方メートルの、手入れの行き届いたイタリア式庭園が美しい元修道院である。

コロナ禍による1度の延期を除いて、展覧会は2年に1度開かれてきた。竹の花かごや備前焼、着物など日本の人間国宝の技を大きく取り上げた前回22年の展示は、日本国内でも話題を呼んだ。

3回目を迎えた今年9月のホモ・ファーベルは、これまでとガラリと趣向を変えた。

「人生の旅」というテーマのうち「祝賀」の部屋。大テーブルの上に作品が並ぶ。壁面はピンクの布で覆い、床はデザイン入りじゅうたんを敷き詰めてある

全体を通じて最も目立ったのは展示設計だ。「人生の旅」をテーマに、売れっ子映画監督ルカ・グアダニーノさんと建築家ニコロ・ロズマリーニさんをアートディレクターに起用した。「素晴らしい建築の中で、展示作品がそれに圧倒されることなく観客と深い感情のつながりを持てるように、と考えた」と話すグアダニーノさんらによる会場は、これまでになく華やかであった。

部屋の壁面はたっぷりとプリーツを施したピンクや水色、薄紫の美しい布で覆われた。天井画の代わりに映像を投映したり、巨大な鏡面の机上に、所狭しとガラス器を陳列したり。階段の両側には、あたかも舞台の大道具のようなハリボテの花開く樹木も置かれていた。一品一品を色々な角度から間近で眺められる、作品を主役とした前回までの展示とは対照的だ。

「ホモ・ファーベル賞」受賞の出展作「The Wishes」。真ちゅうに銀メッキを施した約3000の要素の組み合わせで構成される©Michelangelo Foundation

70カ国、400人超による800点を超す出展作自体も変わった。従来は「職人の手によって作られたもの」という条件で、展示内容が選ばれてきたという。今回、例えば会場の壁に掲げられ人目をひいていたタペストリーは、著名アーティストがデザインし、職人は作り手として携わったものだ。

「伝統の未来への継続は、改革によってのみ可能」という、ミケランジェロ財団ハンネリ・ルパート副会長の考えが反映されたのであろう。前回までに比べ、経済的な支援者であるリシュモンに関連する時計や宝飾品の展示が目立ったのも印象に残った。

全て職人が手がけた作品も、以前とはいくらか趣が異なっていた。職人が技術を継承する過程で、新たな表現に挑戦するのは重要なことだ。だがむきかけのミカンを精巧に模したオブジェなどが並ぶ会場を見ていると、これは彼らの自然な表現ではなく、今日的な表現をすることが目的となってはいないか、職人にアーティストの役割も求めていないかと思われもした。

紙製のむきかけのミカンなども精巧に作られていた

華やかなグアダニーノ監督の展示設計は、職人の手仕事が見せる忍耐強さや特殊な技への特別な関心よりむしろ、華々しい全体のビジュアルへと来場者の関心をひき付けてしまうのではないか、という危惧すら感じた。

かつて職人による家具展示の場だったミラノサローネ国際家具見本市も、今は表現主義的なデザインの傾向が目立つ。ベネチア・ビエンナーレ国際美術展も映像や工芸などにまたがる表現が増えた。ジャンル横断的でアーティスティックな表現が世界的に増える中、ホモ・ファーベルも急速にこの潮流に取り込まれ始めたかのように見える。大きく変わった今回の展示への評価は真っ二つに割れている。

初回から継続して各国を飛び回り、出展職人の選定をになってきたギャラリストのジャン・ブランシャールさんとイリーナ・アシュケナージさんは話す。「1回目は開拓精神満載でした。これほどに職人に注意が喚起されたことは過去になかった」

職人を職人としてたたえることでこの職業の評価を高め、ひいては後継者が集まり技が伝承される未来につなげていく。ホモ・ファーベルにこの原点を再度見つめ直さねばならない日が来ることもあり得るのではないか、という思いに至った。

ジャーナリスト 矢島みゆき

天江尚之撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年11月17日付]

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