高度経済成長期を中心に設置され、建物の建て替え時に姿を消す運命だった「モザイク壁画」や「陶壁」を保存する動きが盛んだ。名古屋市中区に開業した中日ビルでは市民の声にも支えられ、壁画の一部が新ビルの壁面に移設された。愛知県蒲郡市でも著名な陶芸家の陶壁が保存のために取り外される予定だ。

 4月23日に全面開業した名古屋の新たなランドマーク「中日ビル」6階に、旧ビルにあったモザイク画「夜空の饗宴(きょうえん)」の一部が「レガシーの継承」の一つとして移設された。

 この壁画を手がけたのは、岐阜県大垣市出身の洋画家・矢橋六郎氏(1905~88)。旧中日ビルの1階正面玄関ホールの天井画として66年に制作した。太陽の輝きや星のきらめき、天使が飛び交う様子をイタリア・ベネチアのガラスや磁器タイル、大理石をちりばめたモザイク画で表現した。

 もともとの天井画は幅10メートル、長さ20メートルの大きさだった。ただ、この壁画をそのまま移設するスペースが新ビルにはなく、全体の6分の1ほどを移設することに。新ビルの壁に移設されたことで、ごく間近で見られるようになった。

 「閉館まで53年間親しんでいただいたものが一瞬で消えてしまうと、やっぱりさみしい。旧ビルをご存じの方も多く、昔を思い起こしていただけるものを少しでも残せて、とてもよかった」。中部日本ビルディングの市村俊光・新中日ビル準備室長(64)は振り返る。

 「レガシーの継承」として、壁画の保存は社内で検討していた。「モザイク画はどうなるのか」「なくして欲しくない」という市民の声にも後押しされて、移設保存が決まった。

 当初、社内には作品の一部を切り抜くことを心配する声もあった。旧ビルへの壁画の設置を担当した、矢橋さんの親族が経営する矢橋大理石(岐阜県大垣市)に相談したところ、「一部でも残してもらえれば、矢橋六郎も喜ぶと思う」と背中を押され、一部保存を決めた。残る6分の5ほどの壁画は矢橋大理石が保管し、将来、社内に設ける見本室の天井に設置する計画を進めている。

 モザイク愛好家の森上千穂さん(56)=愛知県豊田市=は「子どものころからの思い出が詰まったビルの一部で、特に思い入れのあるモザイクだった。一部分でも実物が残り、誰でも見られる場所にあるのがうれしい。見上げていた天井のモザイクが目の前の壁になっているのは、不思議な感覚。手作業で並べた一つ一つのピースを間近で見られるのは面白い」と喜ぶ。

岐阜県庁の新庁舎にもモザイク壁画「春・夏・秋・冬」

 2023年3月末に閉館した、愛知県が所有する保養施設「公立学校共済組合蒲郡保養所」(蒲郡市港町)では、5~6月にも、愛知県を代表する陶芸家の鈴木青々氏(1914~90)が76年に制作した陶壁を取り外す作業が行われる。美術工芸品として保存しようと、県教育委員会が2022年度に検討を始め、移設を担当する専門業者や鈴木さんの親族に意見を聞き、翌23年度に移設を決めた。

陶壁はピースごとに取り外された後に、廃校になった県内の高校で保管され、新たにつくる特別支援学校に移設する計画。陶壁の移設撤去には約1200万円の事業費を掛けるという。

 県の施設では、旧労働者研修センターや旧愛知県勤労会館にあった壁画も取り外され、新たにつくられた施設に移設されているという。

 モザイク壁画や陶壁の移設の動きは各地で広がる。23年1月に開庁した、岐阜県庁の新庁舎にも、矢橋さんのモザイク壁画「春・夏・秋・冬」が、新議会棟には、人間国宝の陶芸家・加藤孝造さんの陶壁が、それぞれ旧庁舎から移設されている。(戸村登)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。