編書『三井大坂両替店の顧客信用情報:享保一七年から明治二年まで』にある信用調査書の表紙(撮影:梅谷秀司)
萬代 悠(まんだい・ゆう)/法政大学経済学部准教授。1987年大阪府生まれ。2015年関西学院大学大学院文学研究科博士課程後期課程文化歴史学専攻日本史学領域単位取得退学、16年博士(歴史学)。18年から公益財団法人三井文庫研究員。24年から現職。著書に『近世畿内の豪農経営と藩政』。
三井大坂両替店とは、江戸時代に商人向けの金貸し業を営んでいた、銀行の先駆けだ。貸すうえでは経営状態や担保は元より、品行や人柄まで信用調査を徹底していた。「愛人を多数抱える」「親類に説教された相場師」「遊所で放蕩」……。これらは典型的な不品行者だが、なぜ多くの人が借りにきたのか。どんな人なら貸したのか。138年間3825人分の信用調査書を核に、幕府とも密接に関わる金融のありようを描いた。『三井大坂両替店(みついおおさかりょうがえだな) 銀行業の先駆け、その技術と挑戦 』(萬代 悠 著/中公新書/1100円/288ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

──よく史料が見つかりましたね。

本当に偶然でした。研究員として勤めていた三井文庫の書庫には9万〜10万点の史料があって、目録はデータベース化されています。通常は検索して目的の史料を閲覧するのですが、私は研究に行き詰まると気晴らしに書庫で並んだ史料を眺め、適当に手に取っては目を通していました。その1つが「日用帳」、信用調査書でした。

一見するとメモ帳です。略語や専門用語が多く、当時の崩し字が読める研究者であっても、中身はよくわからないかもしれません。

ただ私の場合、出てくる単語にどうも見覚えがあった。それまで3〜4年、三井文庫で研究していた金融業や都市不動産の史料で見た顧客名や担保物件と一致するんです。それで契約前の信用調査書だと気づきました。融資に際して審査はしただろうと推測していましたが、記録がこれほど体系的に残っているとは思いませんでした。

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