これまでに発行した「ライフウェアマガジン」。表紙にはイラストや写真など様々なアートワークを用い、そのシーズンの気分を表現している

表紙は20世紀の米国を代表する画家、ジョージア・オキーフの作品。水彩画のにじんだブルーが美しく、なんだか清涼な気持ちになる。

ユニクロの店頭に、年に2回並ぶ雑誌「LifeWear magazine(ライフウェアマガジン)」を知っていますか。2月に発行された最新号は読み応えのある全120ページ。無料配布で、店頭に登場するとあっという間に消えてしまう隠れたヒット商品だ。そんな雑誌が創刊から10号目を迎えた。

「正直、もう編集の仕事はやらないだろうなと思っていた」。担当するファーストリテイリングのグループ上席執行役員の木下孝浩さんは話す。マガジンハウスで編集者として活躍し、2012年からは約6年にわたり「POPEYE」の編集長を務めた。18年にファストリに入社すると、ほどなくして会長兼社長の柳井正さんから「雑誌を作ってみたらどうですか」と話があった。

当初は「意外だと思った」そう。出版はコストがかさむ上、情報はスマートフォンから得る時代になり、書店も少なくなった。業界に身を置き、厳しさを実感していたが「できない理由を考えるより、本当に意味のある雑誌とは何なのかを考えた。コストも、日本のCMを一本減らせばまかなえる。書店の代わりにお店が世界中にある」

こうして創刊したのが19年8月のこと。日本語と英語を含む12言語で書かれており、世界のユニクロの店舗約2500店で、150万部を配布する。単純比較はできないが、足元で平均販売部数が数万部のファッション誌も多く、規模の大きさがうかがえる。

インターネットが普及しメディアの多様化が進み、顧客とのコミュニケーションのために企業が自ら所有し発信するオウンドメディアが増えている。そうした媒体は外部の制作会社に委託するケースも多いが、マガジンは「全て自分たちで作っている」(木下さん)。

制作チームと打ち合わせをする木下孝浩さん(左から2人目)

制作に携わるのはエディターが木下さんを含めて5人。グラフィックデザイナーとプロジェクトマネージャーがそれぞれ2人おり、テーマごとにフリーランスが加わる。広告費に依存する一般的な雑誌は、出版不況に伴い制約も増えているが「本当に自分たちがいいと思うものしか取り上げない。むしろ自由に作れる」と感じているという。

コンセプトは、ユニクロの提唱するライフウェア(究極の普段着)を伝えること。企業発の雑誌というと、カタログのようなものを思い浮かべる人も多いと思うが、趣はだいぶ異なる。

毎シーズン、ユニクロの服のコレクションのテーマをもとに制作しており、24年春夏のテーマは「ライトネス」だ。巻頭では、色や素材、シルエットなど、様々な視点でユニクロの考える軽やかな装いをイラストで表現。後に登場する米ロサンゼルスや独ベルリンに暮らす人々が、そのスタイリングで撮影されている。中のほうでは商品や機能にフォーカスするページもあるが、タイのバンコクの旅のプランや、ハーブを使ったサラダのレシピ、写真家の森山大道さんのインタビューなど、扱うテーマは幅広い。

シーズンのテーマを内容に落とし込む作業に「一番時間をかけている」(木下さん)。服を見ながら、どんな発想でこの服ができたのか、この服で伝えたいことは何か。延々とブレインストーミングして突き詰め、撮影地や登場する人などを決めていく。例えば、表紙にも用いられたオキーフの特集もたっぷり8ページ。一見ライトネスと関係ないが、デザイナーと話しながら、服のインスピレーション源にもなったニューメキシコの大地や空の色味から、この地にみせられたオキーフにたどりついた。

写真家の森山大道さんの写真集や独ベルリンの建築ガイドなど、最新号のアイデア源となったもの。半年以上かけて、1冊を作っていくという

ロサンゼルスで暮らすアーティストたちの特集ページを開くと、ある男性はこんなことを話している。

「すべての経験に同じ価値がある、という考え方が僕は好き。(中略)これはいくらと値札をつけるのは簡単だけど、価値が高いことを求めていくだけじゃないと思うから」

もちろんユニクロの服を着ているが、ページから浮き上がってくるのは、服よりも彼の考え方や人となりだ。「普段着ているものが心地いい。服ってそれくらいでいいんじゃないかと思う。それよりも、その人が何をして、どんなことを考えているかに、皆興味があるような気がしている」と木下さんはいう。なるほど、こういう考えの人がいるんだ。だから今、人々の生活が変わってきているのかもしれない。そんなふうに「服と、人やその生き方との関係性を考えることで、何かプラスの気づきが生まれれば」と考える。

2024年春夏の商品を紹介する展示会では、電車や駅など日常を切り取ったようなしつらえに、モデルが溶け込んだ。ベンチの背後に広告のようにマガジンのコンテンツが登場した

だからこそ「あくまでも日常の延長線上での表現」を心がける。作り込んだ広告とは異なり、登場する人は職業も生活も多様で、撮影場所も自宅や職場が多い。ポリシーは「普段からユニクロを知る人や、着ている人」を取り上げること。皆やわらかい自然な表情なのはそのためだろう。文章でいえば「友人に手紙を書くような気持ちで表現したいと思っている。大切な友人に噓を書くことはないし、飾り立てるような言葉を並べることもない」

「ルイ・ヴィトン」が独自の視点で都市の魅力を伝えるシティガイドを出版するなど、ファッションブランドの紙媒体での表現は広がり続けている。マガジンはウェブ版も展開しており、デジタルを否定するつもりはないと前置きしつつ、木下さんは「あえてスローなオールドメディアを選ぶことで、日々の生活のなかで少し余裕が生まれる」という。表紙を開いてめくって読んで、閉じて片付けて、ときに飾って。何かのきっかけでふと思い出し、また手にとって。ファッションブランドが服だけを作る時代は終わり、時間や暮らしをもデザインしている。

井土聡子

吉川秀樹撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年3月24日付]

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