1980年代末に菓子市場に本格的に登場したグミ。
1袋100~200円程度の商品がトータルで700億円を超える市場にまで成長したのは単なるブームではない。
グミという食べ物の摩訶(まか)不思議さや秘めたる謎に迫り、調査データや企業等に取材し、なぜグミが私たちの日常生活に定着したのかを明らかにしていく、流通科学大学・白鳥和生教授の著書『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)。
人口が減少し、胃袋の数が減る中でもなぜ、グミ市場は成長しているのか。一部抜粋・再編集して紹介する。
“胃袋の減少”は食品業界も影響
日本は少子高齢化が進む。総務省が住民基本台帳に基づいて公表する人口動態調査によると、2009年をピークに人口減少社会に入った。人口減少ということは「胃袋」の数が減るということを意味する。
2023年1月1日時点の人口(外国人除く)は1億2242万3038人(総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」による)。減少幅は1968年の調査開始以来最大となった。14年間で静岡県の人口を上回る胃袋が減った計算だ。
住民票を持つ外国人は全国で299万3839人と増加傾向にあるが、日本人の減少を補う規模ではない。
この記事の画像(5枚)「縮むニッポン」で、食品産業も影響を免れない。
2022年の食料の家計消費支出(家計調査=2人以上の世帯)は実質で前年比1.3%減。エネルギーコストの上昇や値上げが続く一方で、実質賃金が伸び悩んだことで、生活者の節約志向が強まった結果でもある。
ただ、菓子は実質前年比2.5%増と堅調だった。菓子業界はスイーツブームが続いており、年間の消費支出は10年前の7万7779円から2022年は9万4373円と大きく伸びている。
全日本菓子協会によると、2022年の菓子の生産数量は195万8887トン。この20年ほどは190万トン台で横ばい。消費額の増加は、菓子業界による高付加価値化の努力もうかがえる。
団塊世代の引退によるガム市場の縮小
とはいえ、国立社会保障・人口問題研究所は、2056年に人口が1億人を下回り、2059年には日本人の出生数が50万人を割るとの予測を2023年4月に公表している。
急速な少子高齢化に伴う人口減少の影響から、菓子業界も免れないのは確かだ。
またまたガムの話になるが、ガム市場の縮小は人口動態の影響も大きい。
「(過去にガムをよくかんでいた)団塊の世代が大量退職して人と会う機会が少なくなり、口臭対策への利用が減ったことも大きい」と、ある菓子メーカーのマーケティング担当者は分析する。
団塊の世代とは1947年から1949年にかけて生まれた戦後のベビーブーマーだ。
この世代は消費ブームをけん引し、新しい食べ物にも積極的にチャレンジしてきた。しかし、2024年には全員が75歳以上、つまり後期高齢者となる。
さらに、彼ら・彼女らが、かつてに比べ食が細くなっていくのは確かだ。
ガムは、戦後、欧米から新しい文化として入ってきて、団塊の世代とともに成長してきたと
も言える。
機能性の強化など、需要開拓に取り組んできたものの、主な愛好者たちのライフサイクルと軌を一にした感は否めない。
親から子へ「おいしさ」伝わるグミ
一方のグミはどうか。
団塊の世代の子どもたち「団塊ジュニア」の幼少期の1980年代に登場し、団塊の世代には及ばないものの人口が分厚い層を取り込んだ。
明治の「果汁グミ」の登場で市場が確立され、様々なメーカーが様々な新商品を投入。ジュニア達にとって思春期の「思い出の味」となっていった。
ここまではガムの流れと同じだが、グミは親から子どもへと「おいしさ」などのベネフィット(商品から得られる価値、便益)がうまく伝わった点でガムと明暗を分けたのではないだろうか。
グミを食べているのは「年代では20~30代、ライフステージでは子育てといった若い層で多い」という、各種消費者調査のデータもある。
親の世代が食べたグミを、子どもに買い与えたり、食べさせていたりしている実態が浮かび上がる。
実際、あるグミメーカーの担当者は「『果汁グミ』が強いのは、子どもが生まれて最初に食べるグミが『果汁グミ』というところ。調査でも、お母さんが最初に買い与えるグミが『果汁グミ』だというのが非常に多い。
その子どもが大人になっても、そのまま『果汁グミ』を食べ続ける。つまりロイヤルユーザーになっていく流れがある」と話す。だから、『コーラアップ』や『果汁グミ』、『ピュレグミ』など、グミにはロングセラーが多いのもうなずける。
もちろん、子どもたちもグミが大好きだ。
小学館が発行する小学校低学年女児向け情報誌『ぷっちぐみ』と、少女まんが誌『ちゃお』が実施した「遠足・校外学習」に関するアンケート調査(2022年7月)によると、遠足に持って行きたいお菓子は『ぷっちぐみ』『ちゃお』読者ともに1位は「グミ」(50%、42%)だった。
「ラムネ」や「じゃがりこ」「ハイチュウ」などを抑えた。
“承継”につまずいたガム
商品のロングセラー化や小売業の持続可能な発展にとって、顧客を次世代につなげていく「承継」戦略がカギを握る。
ガムはその承継につまずいた可能性がある。
承継ができなかった典型が百貨店だ。バブル世代までは百貨店に一種の憧れがあった。
子どもの頃、親や祖父母に連れて行ってもらうときは、一番良い服を着せてもらい、屋上の遊園地で遊び、帰りは大食堂でお子様ランチを食べた、そんな「良い」思い出があったからだ。
だが、バブル崩壊後の世代(団塊ジュニアも含む)は百貨店に対するそうした別格感は持っていない。
親や祖父母に百貨店に連れて行ってもらった思い出はないし、郊外のショッピングモールの方が楽しかったりする。
いまの大学生に「百貨店に行きますか」と聞いても「行かない」との答えが返ってくる。
「行くとすればどこの百貨店」と無理して尋ねると、駅ビルの「ルミネ」や「アトレ」だという答えがあがった。
つまり、百貨店の世界観を企業側も伝えられなかったし、顧客である生活者が消費行動として百貨店に次世代を連れて行かなかった(経済的な理由から連れて行けなかった面もある)。
デフレ不況も要因だが、1991年に10兆円に迫る規模だった百貨店市場が、今や半分の5兆円台になってしまった根本原因は「承継」戦略の失敗にある。
「承継」に成功したグミ
その点、グミは「承継」に成功している商品カテゴリーだ。
カンロでは、より明確に世代承継を意識した商品戦略をとる。
主力の「ピュレグミ」はF1層(20~34歳女性)を狙った商品だが、子ども向けの「ピュレリング」と上質感のある「ピュレグミプレミアム」もラインアップする。
「『ピュレグミ』は、立ち上げ当時食べていた方が、ちょうど親世代になってきている。そうすると、自分たちが食べていた『ピュレグミ』だから、安心感があると思ってもらえている。
ピュレグミプレミアムは濃厚なおいしさの『ピュレグミ』。F1層よりも上の層、プチ贅沢をしたい、ちょっとお金にも余裕がある大人の女性をターゲットにしたシリーズ品として展開している」と言う。
日本でのグミ登場時に子どもだった世代も、いまや40~50歳代で、食べ慣れた大人が増えた。
生まれたときから親しんできた「グミネーティブ」も多い。JMR生活総合研究所の消費者調査では、ライフステージ別では「男性の既婚子なし」でも月1日以上食べる人が多い。
このことから、グミの存在感は増しており、ガムの次世代への「承継」を危うくしている様子が透けて見える。
白鳥和生
1990年に日本経済新聞社に入社。『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任し、2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国学院大学経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任する
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