「ロージャースフードマーケット」は、様々な国の食品が手に入る楽しさがありながら、歩き回りやすく設計されている(沖縄県沖縄市)

沖縄県沖縄市にある「ロージャースフードマーケット」は、2019年にオープンした食品のセレクトショップだ。いまから70年前、沖縄が米統治下だった1954年7月4日に開業した、日本最古とされるショッピングセンター「プラザハウス」の中にある。

店を訪れると、太陽の日差しのように明るい黄色が壁と天井を彩り、近隣で収穫された新鮮な野菜や、クラフトビールやチーズ、めずらしい海外の調味料やワインなどがカラフルに並んでいる。アラブのスーク(市場)をイメージしたという店内には異国情緒があり、流れる音楽に心が和む。

「行くだけで気分が上がる。発見があってオーナーのパッションが伝わってきます」と話すのは定期的に来店する市内在住の女性だ。ロージャースフードマーケットは当初、地元で生活する人に向けて開店したが、いまや国内外の観光客も訪れる店になった。

レストランやインポートファッションの店が連なるプラザハウスに、初めて直営のフードマーケットができたのは5年前。きっかけは15年、近隣に全国展開する大型ショッピングセンターがオープンし、テナントだった地元スーパーが撤退したことだ。替わりに入る食品店がなかなか決まらなかった。プラザハウス社長の平良由乃さんは思い悩んだ末に「小さくてもいい。量も客数も競わない。食の豊かさを感じていただけるような店をつくろう」と決心した。大きなチャレンジだった。

プラザハウス社長の平良由乃さん。手にするのはタジンミックス。後ろの棚には平良さんが日本への輸入を実現させた8レジェンズ(スペイン)のワインが、全種類揃う

そこで明確な方針を掲げることにした。平良さんと社員が、ウェルビーイングをテーマに「未来に残したいもの、体に良くておいしく、日常を豊かにしてくれるもの」を仕入れて販売するというものだ。現在は国内外の約470社の食品を取り扱う。

今でこそ、その品ぞろえに多くのファンもついたが、平良さんはもともと食の専門家だったわけではない。コザ市(現在の沖縄市)で生まれ、東京のアパレルメーカーに10年勤務した後、87年に父親が経営するプラザハウスに入社。直営の輸入ファッションのセレクトショップ「ロージャース」の店舗運営を任され、バイヤーとして30年以上海外を行き来し、世界中で多様な食文化に触れた。その経験を生かしたフードマーケットという位置づけだ。

社長となった今も、1年のうち2カ月以上は買い付けに海外へいく。「自分自身がほれ込んだものをお客さまに届ける」という気持ちはファッションも食も同じだ。平良さんが現地で出合い、直接、メーカーや生産者に交渉して日本で販売するに至った品もある。

1921年創業のパリの食料品店、アルベール・メネスの「タジンミックス」はその一つ。タマネギやニンニク、トマトなどの乾燥野菜と、クミンやパプリカ、コリアンダーといったスパイスをブレンドした瓶入り調味料だ。モロッコやレバノンの料理に使われるスパイスを探し求めるなかで、パリで見つけたという。店の値札カードには「チャンプルーにも、魚や肉に振りかけてもおいしい」と調理法を添える。

地元沖縄の食品は小規模生産者による約50社のアイテム300超がそろう。米国出身で沖縄市在住のチーズ職人、パメラ・アンさんが作るヨーグルトやチーズは、平良さんが「なくてはならない」と推す逸品。「リトルアイランドティリー」は県内で育てる牛やヤギの乳を使うギリシャ風チーズのオイル漬けだ。牛のほうは国際コンテスト「ワールドチーズアワード」で21年、金賞を受賞。ヤギのほうも22年、英国で行われたコンテストで高評価を得た。「デリカテッセンヌチブタ」のシャルキュトリ(食肉加工品)は県北部の国頭村(くにがみそん)で放牧飼育したイノブタを用いる。店内のテーブルでワインと楽しむ客の姿もある。

平良さんおすすめの地元の食品。手前左は県内のヤギのミルクを使った「リトルアイランドティリー」、右が米とまぜて炊飯すると風味がよい「沖縄五穀」、後ろは「黄金金楚餻金胡麻(ごま)」。奥の「命豚(ぬちぶた)ソーセージの盛り合わせ」は店内で味わえる

琉球王国時代から伝わる食も時代にあわせて継承する。「かつて沖縄にあったもののほとんどは、戦争でなくなってしまった。残すべきものは残したい。地元の人間がやらなくちゃ」。伝統的な丸型の「黄金(くがに)金楚餻(ちんすこう)」はクッキーのようなサクッとした食感でラード由来のクリーミーさがある。平良さんがデザインした化粧箱入りのオリジナル商品は「観光土産ではなく、贈答品になる琉球宮廷菓子」と地元で喜ばれている。

「大型スーパーが生活支援型ならここは生活創造型。編集者がいる店、とよく言われます」と平良さん。県外のメーカーや小売店からコンサルティングを依頼され、「なぜここにくるとドキドキするの?」「はっちゃけた(活気がある)感じはどうやって作るのか」と質問されるそうだ。そんなときは、「天井と壁をウコン色にするといいんじゃないですかね〜、と答えるんですけどね」と平良さんはいたずらっぽく笑う。

地元で「コザ」と呼ばれるこの地は、本島中部にある。戦後は琉球米軍司令部(ライカム)が置かれ、街は米国文化の影響を強く受けて栄えた。「食事も音楽もファッションも、最先端でした。コザンチュ(コザの人)には独自のパワーがあるんです」

1954年のロージャース。開店時には行列ができていた(プラザハウス提供)

かつて米兵とその家族に外国製品を売る店だったプラザハウスは、戦後を生き抜く人々の憧れだった。今は世界の多様な食文化を伝え、沖縄の日常を豊かに彩る。ゆっくり歩けば多くの発見があり、旅するような味わいがある。

ライター 市川歩美

吉川秀樹撮影

[NIKKEI The STYLE 5月19日付]

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