日本を代表する建築家、隈研吾さんの著書『 日本の建築 』(岩波新書)が異色の日本建築論として話題を呼んでいる。隈さんが本書を執筆しようと思ったきっかけは、2015年の国立競技場プロジェクト。メディアから「和の大家」とか「和の巨匠」と呼ばれ、違和感を覚えたことだ。それに反論できるだけの言葉を紡ぐのに8年を要したという。(聞き手は元「日経アーキテクチュア」編集長で『 隈研吾建築図鑑 』[日経BP]の著者でもある宮沢洋さん)

反論するのに8年

――多忙な隈さんがなぜ『日本の建築』という大きなテーマの本を書こうと思ったのですか。本書の「はじめに」を読むと、執筆に8年もかかった、とありますが。

隈研吾さん(以下、隈) 8年前というのは、2015年に国立競技場のプロジェクトが始まったときです。当時、メディアが私に対して的確な形容詞をつけることができず、「和の巨匠」とか「和の大家」という紹介のされ方をして、違和感を覚えたのがきっかけです。

――メディア上ではにこやかでしたが、頭にきていたんですね。

隈 そう。巨匠とか大家という言葉は大嫌いだし、自分で「和」だと言ったこともありません。でも、反論できるだけの言葉も知識もなかったので、「和の大家」という呼ばれ方を否定するような日本建築論を書きたいと思ったのです。

隈研吾さんが設計した国立競技場の竣工式典の様子(2019年12月15日)(写真:宮沢洋)

――なぜ、その呼び方に抵抗があったのですか。

 和で勝負していける人というのは、僕には 「死体」で勝負しているような感じがするんですよ。言い方が難しいのですけれど、日本の伝統をありがたい骨董品としてたてまつり、その骨董ビジネスに乗せている商売上手の人にしか見えなかった。日本の建築ビジネスにおいては、「モダニズムのビジネス」と、「和のビジネス」という二つの売れ筋モデルがあって、どちらも閉鎖的で、自分たちの売っているブランドを守っているだけのブランドビジネスにしか見えない。

モダニズムビジネスは輸入商社みたいなものです。西欧から輸入している自分たちの商品がどれだけ価値があるかってことをずっと言い続けている。一方の和のビジネスモデルは、もともと持っている商品を高級な骨董品のように扱って、それを高価なものだというふうに見せ続ける、演出にせいを出しているわけですね。

純粋を探ろうとする「和」と「モダニズム」

――本の中でも「死体」という言葉が出てきます。なかなか過激な表現ですね。

 今、話したように基本的なビジネスモデルは、モダニズムも和も戦後からずっと変わっていません。それぞれが結局、家元制と同じで、純粋を探ることによって価値を上げて、自分たちのメンバーを囲い込むというスタンスになっています。折衷的なもの、破壊的なものを認めない。自分が売っている商品のことを特別視するがゆえに、二つのものを大胆に折衷しようという勇気のある人は生まれてきません。実は折衷というのはアートにおいて最も勇気のある行為で、歴史は折衷によって進化してきた。

「モダニズムも和も家元制のようなもので、折衷的なものを認めようとしません」と話す隈研吾さん(写真:鈴木愛子)

――純粋を追いすぎるスタンスが「死体」に見えると。

 そうです。「折衷」という言葉は、特にモダニズムが入ってきて以来、日本では犯罪的な臭いを帯びてきました。そのために、村野藤吾さん(関西を拠点に活躍した建築家、1891〜1984年)のような、世界でもユニークな折衷に挑戦した偉大な建築家の、建築史の中での扱い方がはっきりしません。そういう構造がずっと保存されてきてしまった。だから、単なるエッセーではなく、日本という国の構造的な欠陥、不毛さに迫った形の挑戦的日本建築論を書きたいと思い、その結果8年もかかってしまいました。

『日本の建築』(隈研吾著/岩波新書)(写真:鈴木愛子)

――隈さん自身も、設計活動の中で「折衷」という意識を持ってきたのですか。

 やっぱり日本の文化やアジアの文化がどういうふうにして世界に出るかということを考えると、必ず折衷という行為があるという問題意識を持っていました。僕の今を支えている使命感はアジアから西欧へと向かう、逆方向のミッショナリーになりたいということなんです。僕の受けたイエスズ会の教育は、西欧からアジアへ向かうミッショナリー運動の延長にありました。ミッショナリーで一番大事なのは、現地の人間とどうかかわりあえるかということ、すなわち征服ではなく折衷の方法なんです。

そのミッショナリーを、今は逆にアジアから西欧に対して行うことで、地球を救いたいというのが僕の使命感なんです。そのための方法を探ろうと、この本を書いたともいえるわけです。

すんなりとは書けない日本建築史

――それにしても、筆の早い隈さんならば、8年もかからずに書けそうに思いますが。

 歴史をすべておさらいする日本建築論として書こうと思っていたので、最初は伊勢神宮とか、たて穴住居とか日本建築の起源みたいなところから始めようと思いました。でも、そういうふうに順番に書こうと思うと、日本建築史はそもそも複線的だからすんなりと書けるものじゃなかった。あたりさわりのないいわゆる教科書みたいなものにしかならないことに気づきました。

なかなか考えがまとまらなかった中で、僕がそのアプローチに最も親近感があるというか、一種のライバルのようにすら感じている、近代建築で西欧とアジアの折衷に体を張ってチャレンジした村野藤吾や吉田五十八(いそや、東京を拠点に数寄屋建築を独自に近代化した建築家、1894〜1974年)のことから書き始めたら、その後は彼らに感情移入することができてスラスラ書けたという感じです。

日本の建築 (岩波新書 新赤版 1995)
  • 著者 : 隈 研吾
  • 出版 : 岩波書店
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隈研吾建築図鑑
  • 著者 : 宮沢 洋
  • 出版 : 日経BP
  • 価格 : 2,640円(税込み)

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隈 研吾
建築家。1954年生まれ。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。40を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。著書に『日本の建築』(岩波新書)、『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。(写真:鈴木愛子)

(取材・文: 宮沢洋、構成:桜井保幸=日経BOOKプラス編集部)

[日経BOOKプラス2024年3月5日付記事を再構成]

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