石破茂新内閣が1日、発足した。その顔ぶれを見ると、自身に近い議員の登用が目立ち、総裁選の論功行賞色がにじむ。一方、首相就任前にもかかわらず、先んじて解散を予告した「おきて破り」の対応は、弱い党内基盤への危機感の表れか。月内にも行われる解散総選挙の結果にも影響しそうな、新政権の人事と政策について、識者に語ってもらった。(西田直晃、宮畑譲)

初閣議後、記念撮影に臨む石破茂首相(前列中央)と閣僚ら=首相官邸で(平野皓士朗撮影)

◆裏金議員なし、無派閥、初入閣が多数…裏を返せば

 「それぞれに最も適切な役職についてもらう」  総裁就任直後の会見で、こう述べていた石破氏。ふたを開けると、裏金問題の「震源」となった安倍派からの起用はなく、裏金と関係ない顔触れが並んだ。無派閥議員が新閣僚の過半を占めたが、長く政界を見続けてきた専門家は「党内基盤のぜい弱さが如実に表れている」と口をそろえる。  「石破氏による、石破氏のための滞貨一掃内閣だ」と語るのは、政治ジャーナリストの泉宏氏。「初入閣組が13人という多さは近年では珍しい。非主流派かつ、首相官邸から距離があったメンバーが目立つが、裏を返せば石破氏の人脈のなさに尽きる」と話す。  首相指名と組閣を前に、石破氏が衆院解散の日程に触れたことに「官邸人脈の希薄さ」も感じたという。「解散権を行使するのは、総裁ではなく首相。本来、官邸筋からストップがかかるはずだが、石破氏周辺には官房副長官経験者などがいない」と語り、「総裁選で早期解散論がひんしゅくを買ったのに、党の長老の言う通りに方針転換した。『この人はウソつき』と国民から思われかねず、一部で言われる総裁任期までの『使い捨て内閣』に自ら近づくことになりかねない」

◆高市早苗氏、小林鷹之氏の固辞は退陣見越してか

 人事を固める過程では、ともに総裁選に出た高市早苗氏、小林鷹之氏が主要ポストでの起用を固辞した。「来夏の参院選後の退陣を見据え、その後の政権の青写真を描いているのでは」と推察する。

自民党の新体制が発足し、記念撮影に応じる石破茂総裁(左から4人目)ら=9月30日、東京・永田町の党本部で(佐藤哲紀撮影)

 一方、政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「石破氏の意向は3分の1ほどしか反映されていない」として、「脱派閥の中での総裁選。誰が首相になっても、協力者がいなければ成り立たない政権だった。高市氏は挙党態勢を拒否したように見えてしまう」と話す。  泉、角谷両氏がそれぞれ「論功行賞」「石破氏自身の意図」とみているのは、財務相の加藤勝信氏、総務相の村上誠一郎氏の起用だという。泉氏は「旧茂木派を半分に割り、総裁選に出た加藤氏の重用。茂木氏を排除するためだ」と語り、角谷氏は「総務省は所管事務の範囲が広く、元大臣の高市氏や菅義偉氏の政治的影響力が強い。譲れなかったのだろう」と推し量る。

◆党内統治を最優先、政策は腰砕けになりそう…

 今回の組閣では、女性閣僚は2人にとどまり、立憲民主党の「ネクストキャビネット(次の内閣)」の8人とは対照的で、目を引く若手の起用も乏しかった。

立憲民主党の野田代表(右)と握手する石破首相=1日、国会で(木戸佑撮影)

 明治大の西川伸一教授(政治学)は「党内統治を最優先にした人事で、リーダーシップを発揮できるのか」と疑問を呈し、「党役員人事でも、党則にない最高顧問に麻生太郎氏を就けた。基盤の弱さゆえだろうが、もはや『痛い』レベルだ」と落胆する。  「総裁選では裏金議員の非公認や夫婦別姓への賛意を示していたが、党内統治を優先するがあまり、うやむやなまま腰砕けになりそうで先が思いやられる」

◆「ご祝儀相場」どころか、市場からは冷や水

 石破新内閣の船出は、発足前から波乱含みだ。大幅に株価を下げ、市場からは「ご祝儀相場」どころか、冷や水を浴びせられた。

前週末比1900円以上もの下げ幅となった日経平均株価の終値を示すモニター=9月30日、名古屋市で

 総裁就任後、初の取引となった9月30日の東京株式市場の下げ幅は一時、2000円を超えた。総裁選で争った高市氏が金融緩和と財政支出の拡大を訴えたのと比べ、市場が否定的な金融所得課税に前向きで、緊縮財政のイメージがあることが要因とされた。  1日の株価は幾分持ち直したものの、市場は安定を欠く。しかし、明治安田総合研究所の小玉祐一氏は「総裁選を巡って株価が上下するのはこれで終わり。予想された結果でもあり、右往左往する必要はない」と話す。石破氏が総裁選で示した政策集の中で、経済政策は3項目、1000字程度。小玉氏は「岸田文雄前首相の成長戦略に近い印象だが、具体策を示しておらず、経済政策の全体像は見えていない。評価はこれから」と冷静に見る。

◆「アジアに中国と今以上の緊張を望む国はあるのか」

 石破氏といえば、安全保障政策通として知られる。9月27日に米国の保守系シンクタンクに掲載された寄稿では、アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設や、日米安全保障条約と地位協定の改定、核兵器の共有や持ち込みを検討すべきだと、かねての持論を展開した。  実現性はあるのか。中京大の佐道明広教授(安全保障論)は「NATOができた時と今は時代が全く違う。中国を名指しで敵視することになるが、韓国、豪州、インドなど、中国と今以上の緊張を望む国はほぼない。現状、他国が参加するのは現実的ではない」と考える。核兵器の共有や持ち込みについても、「従来の核政策を大きく転換する。国内の政治状況的に可能なのか。核拡散のリスクも高まり、むしろアジアの安全保障は不安定化する。安易にとるべき道ではない」と否定的だ。

◆「自民党議員はポストに就くと発言が変わる」

 一方、在日米軍の特権的な運用を認める日米地位協定の改定は、米軍施設が集中する沖縄県が望むことでもある。玉城デニー知事は「総裁選において、(石破氏が)日米地位協定の改定にも触れられたことから、県民の声を反映した見直しを期待する」とコメントを出した。

市街地に近接した米軍普天間飛行場。基地が密集する沖縄県は地位協定の改定を求めている=2023年、沖縄県宜野湾市で

 しかし、県民には苦い過去もある。石破氏が幹事長だった2013年、県選出の国会議員に米軍普天間飛行場の辺野古移設を認めさせ、同席させた上で会見を開いた。うなだれる議員の姿に、この会見は「平成の琉球処分」と呼ばれた。  沖縄国際大の前泊博盛教授(日米安保論)は「自民党の議員は外から発言している時と、ポストに就いてからの発言が往々にして変わる。石破氏も総裁になる前後で違う論理で動かないだろうか」と推測し、続ける。「本気で日米地位協定の改定に取り組む気があるのなら、何条をどう変えるのか明言するはず。それがなく、本気度は見えない」

米軍ヘリ墜落で焼け焦げたアカギ(手前)=2019年、沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学で

 政治の関心は今後、10月27日の投開票が予定される解散総選挙へと移る。予算委員会は行われない見通しで、新内閣発足後、本格論戦がないままの総選挙突入に、立民の野田佳彦代表らは批判を強める。  政治評論家の小林吉弥氏は「予算委員会を開くと閣僚も答弁に立つことになる。ぼろが出ればマイナスでしかない。このタイミングで解散、総選挙を選択するのは当然といえば当然」と受け止める。ただ、与党と野党第1党のトップの交代後、初となる総選挙の結果は、今後の政局を大きく左右するとし、「現状を覆すことが両党のトップには期待されている。それができたと言えるのは、議席を一つでも多く取ることに尽きる。期待を裏切れば、石破氏も野田氏も即、足元がゆらぐことになる」。

◆デスクメモ

 「勇気と真心を持って真実を語る」と総裁選で力説した石破氏。ふと2008年のイージス艦と漁船の衝突事故を思い出した。防衛省が航海長の聴取メモを、情報公開請求を受けた直後に捨てていた。時の大臣は石破氏。当時の委細は承知しないが、今後は大丈夫か。不安がよぎる。(岸) 

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