地域主権主義に根差した政治を目指す「ローカル・イニシアティブ・ネットワーク」(LIN-Net)は4月20日に東京都内で、7回目の集会を開いた。沖縄県の玉城(たまき)デニー知事が、国が県の事務を代行して進める辺野古(へのこ)新基地建設の問題点を特別報告した。  続くシンポジウムでは、地方自治体への国の指示権を拡大する地方自治法改正案の問題点を中心に、いずれもLIN-Netの世話人で世田谷区の保坂展人区長、杉並区の岸本聡子区長、政治分野のジェンダー平等を目指す団体の能條(のうじょう)桃子代表、政治学者で東京工業大の中島岳志教授が、玉城氏を交えて話し合った。(関口克己、山口哲人)

シンポジウムで意見を述べる沖縄県の玉城デニー知事(右から2人目)ら=いずれも東京都千代田区で

【玉城知事・特別報告】辺野古の新基地、問題点は

◆「代執行は地方自治否定の先例に」

意見を述べる沖縄県の玉城デニー知事

 辺野古新基地ができれば、沖縄の過重な基地負担が固定化される。翁長雄志(おなが・たけし)前知事と私は知事選で建設反対を明確な争点にして勝利した。2019年の県民投票も辺野古埋め立て反対の意思を示した。だが、日米両政府は「辺野古が、普天間(ふてんま)飛行場の危険性除去の唯一の解決策」との姿勢を変えず、県民の思いを顧みずに建設を強行している。  国は昨年12月、埋め立てに関して工事の設計変更を県に代わって承認する代執行を行い、今年1月、海上工事を強行した。国と地方自治体との関係を「対等・協力」とした地方分権改革の成果を無にして、「上下・主従」に逆行させた。  代執行という国家権力によって、選挙で県民の負託を受けた知事の処分権限を一方的に奪うことは、憲法が定めた地方自治の本旨をないがしろにするもので、断じて容認できない。国の判断だけが正当と認め、地方自治を否定する先例になりかねない。この問題は沖縄だけではなく、全国の自治体にとっても重要だと捉えてほしい。

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【シンポジウム】国と地方と民主主義

◆保坂氏「対話を欠き、国が正義となっている」

世田谷区の保坂展人区長

 保坂氏 沖縄の県民投票で埋め立て反対が7割との答えが出れば、政府はその声を受け止めて政策変更を考えるはずだが、そうしないのが政府の特徴。対話をする姿勢を欠き、「国が正義」となっている。  玉城氏 翁長前知事も私も政府に対話を求めている。対話の中で、沖縄県と国がお互いに、どこまで責任を持つのかを確認できれば、解決方法は見つかるはずだ。だが、政府は対話の場を開かない。「聞く耳をお持ちですか」と何度聞いても答えはない。私の声は岸田文雄首相の耳には届いていないだろう。  岸本氏 LIN-Netは、地域主権によるコモン(公共財)の再生を掲げているが、私たちが今、どのような日本で生きているのかを沖縄は身をもって体現している。沖縄の県民投票は、選挙以外の方法で民意を示す民主主義の醍醐味(だいごみ)の一つを成功させたが、政府がそれを全否定している状況が現在進行形で起きている。

◆能條氏「植民地主義、日本にも」

 「FIFTYS PROJECT」(フィフティーズ プロジェクト)の能條代表 玉城知事の話を聞き、ガザでのジェノサイド(民族大量虐殺)やパレスチナにおける植民地主義は、遠い国だけではなく、日本にもあると感じた。辺野古に関しても、県民投票で有権者が意思を持って出した結果を完全に無視されている状況は許せない。国会議員が700人以上いるのに、沖縄の選挙区から出ている議員が(衆参選挙区で計6人と)少ないから起きているのではないか。

FIFTYS PROJECTの能條桃子代表

 中島氏 沖縄の出来事を人ごとと思わないことが重要。この会合が東京で開かれている意味をかみしめたい。日本全体が今、直面している問題として地方自治法改正案がある。  保坂氏 昨年12月に地方制度調査会が新型コロナウイルスのような感染症など非常時に、国が地方に補充的指示を出せるという答申を出したら、政府は地方自治法改正案を今国会に出した。コロナ対応に当たった実感からすると、国がいつも正しいとは限らない。むしろ、地方が先行した取り組みを確認してから国の方針にしていた。ともに知恵を出したのに何が悪かったのか。調査会が答申を出した1週間後に、沖縄で代執行があったのは地続きではないか。「国が殿様、自治体は家来」という姿に急激に戻そうとしている。  中島氏 国と地方は相互補完的な関係で、対話が重要だというのがコロナ禍の実態だった。だが、地方自治法改正案は国からのトップダウンの形に収めようとしている。補充的指示を出す「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」も恣意(しい)的な解釈が成り立つ。

◆岸本氏「区役所は上意下達が染みこんでいる」

杉並区の岸本聡子区長

 岸本氏 2000年施行の地方分権一括法で国と地方は対等な関係になったはずだが、その後の24年間で、その関係が進んできたのか。私は2年前に区長として地方自治の現場に入ったが、区役所は上意下達が染みこんでいると感じた。都市計画や大規模なインフラ事業は住民と熟議をして、民主的に決めることが必要だが、決定できる情報も時間も決定権も与えられないことが、東京23区では日常的だ。地方自治法改正案が今、出てきた意味も考えないといけない。玉城知事をリーダーに戦ってきた沖縄県民への制裁かもしれないし、住民自治を実現するLIN-Netのような小さな政治的な力の息の根を止める行動なのかもしれない。  能條氏 この改正案については、与党は21年の衆院選や22年参院選で必要だと言っていないのに、成立させようとしている。コロナでも「アベノマスク」とか一斉休校とか、どちらかというと対応がまずかったのは政府だった。共同親権の問題にしても、自治体の方が当事者の痛みが見えて対策が取れるのに、痛みに一番鈍感な国が体制を決めるのは危険に思う。  玉城氏 コロナも災害も個別法で対応できる。沖縄での代執行の後、地方自治法改正案が提案された流れを見ると、沖縄のような抵抗が全国に広がってはいけないと政府が思っていると疑わざるを得ない。

◆中島氏「対話で合意形成という基本、どこへ」

 中島氏 対話を繰り返して合意形成をする民主主義の基本が今は損なわれている。自分と異なる意見に耳を傾けて、言い分があると思えば合意形成をするのが本来の保守政治。沖縄との対話の姿勢を完全に失っているのが今の自公政権だとすれば、「保守」とは何かを問わなければならない。

東京工業大の中島岳志教授

 保坂氏 コロナの時も、自治体の多くは国の指示待ちだった。今回の改正案で懸念されるのは、自治体の指示待ちの制度化。来年は戦後80年だが、国が間違ったときは抗議をするという気風が戦後の日本に完全には根付かなかった。戦後80年の節目は民主主義を再構築する残された貴重なチャンスだ。  岸本氏 「対話」には時間がかかるとか、誰も決められないというイメージを持たれるが、対話の目的は住民による地方自治を実現すること。「くじ引き民主主義」という言葉のように、民主主義をアップデートするにはさまざまな手法がある。デジタルトランスフォーメーション(DX)も住民と行政の信頼を再構築する情報基盤だ。  能條氏 自治体は生活に近い分、政治に無力感を感じている人にとって成功体験を得るきっかけの場となる。「フィフティーズ プロジェクト」は地方議会で立候補する20代、30代の女性を増やす活動をしている。そのような女性が議会にいないと、その世代が抱えている課題は議論の俎上(そじょう)に載らないことが多い。議会制民主主義である以上、多様性を担保することが大事だ。    ◇   ◇

◆オンライン含め500人、都市再開発など議論

グループワークをする「地域主権を実現するための戦略」をテーマに行われた分科会の参加者ら

 LIN-Netの集会には、オンラインを含めて約500人が参加。テーマ別の分科会で身近な問題について活発に意見交換した。  テーマは以下の6つ。
(1)都市再開発と住民参加 上意下達型からの転換
(2)地域主権(ミュニシパリズム)を実現するための戦略
(3)エネルギー基本計画の改定と自治体からの気候政策
(4)子育て、介護…〈ケア〉を社会のまんなかに
(5)差別禁止条例を全国に広げよう!
(6)緊急避妊薬のアクセス改善の突破口を探す  このうち、都市再開発に関する分科会では、東京都内での再開発ラッシュの現状を関係者らが報告した。  千代田区のJR秋葉原駅近くの電気街、練馬区の西武池袋線・石神井公園駅前などでは、住民との十分な対話を欠いたまま開発が進んでいるとの報告があった。世田谷区の下北沢では「住民との対話」を重視した再開発が進んだと紹介。「将来はどんな街にしたいか」というビジョンを住民と自治体、事業者らが話し合い、信頼関係を築く重要性が指摘された。 

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