自民党派閥の裏金事件を巡り、政党から政治家個人に支出され、使途を公開する必要がない「政策活動費」の公開案がにわかに浮上している。30年前の政治改革で生まれ、表に出せない金を差配する党幹部の力の源泉になってきた資金。「政治とカネ」問題のたびに批判されながら、存続してきた合法的な抜け穴は、これでなくなるのか。(山田雄之、森本智之)

自民、公明両党が開いた政治資金規正法改正に関する実務者協議=8日、東京・永田町の衆院第2議員会館で

◆使途の公開なし「一般企業では考えられない」

 「信頼を回復するために、公開は当然でしょう」。8日午後、JR新橋駅前で、団体職員の男性(78)に政策活動費の公開について尋ねると、こう語った。「国会議員たちは『国民は時間がたてば忘れる』と思っているかもしれないが、かなりの不信感を持った。もう『いただきます』は許せない。改革はどんどん進めるべきだ」  「政策活動費は大物議員の特権のようで不平等だと感じていた」と話すのは横浜市から訪れていた主婦(59)。10年前まで会社勤めしており、「使い方が分からないお金なんて、一般企業では考えられない。公開で少しでも透明化につながってほしい」と注文を付けた。

◆二階氏は幹事長在任中に47億円を受領

 政策活動費は、政党から議員個人に支出される政治資金。政治資金規正法では、議員個人に対する金銭などの寄付は原則として禁止されているが、政党から議員個人への寄付は例外的に認められている。政党の政治資金収支報告書には支出先の議員名や金額が記載されるが、受け取った議員側には記載義務がない。  自民党は例年、他党を圧倒する政策活動費を幹事長など党幹部に支出してきた。二階俊博元幹事長は5年余りの幹事長在任中に約47億8000万円を受領。2022年も党役員15人が計約14億円を受け取り、茂木敏充幹事長が最も多い9億7150万円だった。

◆公明案では議員側が使途の明細書を作成

 裏金事件を受け、野党は政策活動費を「巨額の合法的な裏金」として、廃止や使途公開を要求。与党は週内の合意を目指して実務者協議中だ。共同通信などによると、自民は項目ごとに金額を公表する案を検討。公明は議員側が使途の明細書を作って提出する案を主張している。  新橋駅前のベンチに腰かけていた会社員男性(50)は「項目だけの公表なんてあり得ない。国民がチェックできない」と切り捨てる。「裏金づくりができなくなるような使途公開でなければならない。明細書の提出は必要だ」

自民党本部(資料写真)

◆「自民案は使途が全く分からない」専門家が指摘

 東京都江東区の男性(25)は衆院東京15区補選で候補者が「裏金をなくす」と口をそろえていたと振り返り、「国民の信頼を取り戻せる『公開』にしてほしい。項目ごとの公表でも、接待費や交通費など使用目的が分かりやすい文言を用いて」と求める。  専門家はどうか。政治資金に詳しい岩井奉信日本大名誉教授(政治学)は、自民案について「『調査研究』や『党勢拡大』などの名目で政策活動費の項目が細かくなっても、使途が全く分からない。透明化にはつながらない」と指摘。公明案に関しては「『明細書』は領収書や受取書が想定でき、政策活動費の支出先が明らかになる。使途が具体的になる」とみる。  「政治とカネ」の問題に詳しい神戸学院大法学部の上脇博之教授は、自民案について「使用目的を公表すると言っても、具体的には分からないだろう。そもそも公表目的通りに使用されるかも分からない」と指摘。「政策活動費は禁止されるべきだ。幹事長を中心とした党幹部が自由に使えるお金が欲しい、裏金をつくりたいとの思いが透けている」と批判した。

記者会見する自民党の二階俊博元幹事長=3月、東京・永田町の党本部で

◆平成の政治改革、政党から政治家への寄付は禁止されず

 政策活動費は、リクルート事件などをきっかけにした「平成の政治改革」の過程で生まれた。同事件では、値上がりが確実なリクルート関連企業の未公開株が政財界の要人らにばらまかれ、国民の間に、政治家と企業の癒着に対する不信感が広まった。  このため、1994年に改正された政治資金規正法では、政治家個人への企業団体献金は癒着につながるとして禁止された。ところが、政党から政治家への寄付は例外として、このルールは適用されないことになった。  政治アナリストの伊藤惇夫氏は「リクルート事件を受けて自民党がまとめた政治改革大綱では問題点をあぶり出し、改革の方向性を示したが、法制化の段階で次々に抜け穴ができた。政策活動費の例外規定はその典型だ」と指摘する。

◆政党や政党支部への献金も容認され…

 実際、一連の改革で企業は政治家個人への献金はできなくなったが、政党や政党支部への献金は容認された。政治家個人への資金提供も、パーティー券購入という道が残った。  使途を明らかにしなくて良い政策活動費は、各議員の選挙費用や陣中見舞いなど「表に出せない金」に使われてきたとされる。政治ジャーナリストの野上忠興氏は「配る方は子分を養う意味もある。使途が公開されないから、もらう方もそのご相伴にあずかる。双方が得するから、自民党の政治家からこれをやめようという議論にはならなかった。みんなで渡れば怖くない、だよ」と指摘する。

1万円札(資料写真)

◆風向きが変わった衆院3補選の全敗

 確かに自民党派閥の裏金事件が起きてからも、岸田首相が国会で「政治活動の自由と密接に関わる問題」と述べるなど、自民党は政策活動費改革に後ろ向きだった。様子が変わったのは、4月28日、衆院3選挙区の補欠選挙で、自民党が不戦敗も含めて全敗してからだ。  政治ジャーナリストの泉宏氏は「首相も負けは想定していたが、あそこまで負けるとは思っていなかった。そこで政治とカネの問題に踏み込む決断をした」と解説する。  だが改革の見通しは不透明。泉氏が「一番の問題」と指摘するのは、首相の改革動機が「政局」にあることだ。「活動費の透明化はそれでなくとも難しい問題で、政局的要素を排除してきちんと議論しなければ結論は出ようがない。ところがそうした議論は全くしていない。総選挙はあるのか、首相は続投するのか、降ろされるのか。野党も野党でどこが主導権を握るのかと、政局的な思惑が入り乱れている」と嘆いた上でこう指摘する。  「政治とカネに後ろ向きな自民党に有権者はしらけている。その証拠に衆院3補選の投票率はいずれも最低を更新した。これで改革の中身が伴わなければ、ますます国民は政治からそっぽを向くだろう」

◆「証人喚問で実態解明を」

 野上氏は「政治とカネの問題で改革すると言いながら、これまでは必ず抜け道が仕組まれてきた」と、改革案の内容を注視する必要性を強調する。  伊藤氏も「必ず抜け穴作りの話が出てくる」と懸念する一方、そもそも事件の実態解明が全く進んでいないことを問題視する。立憲民主党など野党は8日、衆院政治倫理審査会で弁明していない自民党の関係議員44人の出席を求め、審査会開催を申し立てた。だが、これまでの政倫審で安倍派の幹部らは弁明に終始し、議論は深まらなかった。  「政倫審では、『知らぬ存ぜぬ』が繰り返されるだけ。(ウソの証言をすると偽証罪に問われるなど)強制力のある証人喚問くらいまで持って行き、実態解明を進めるべきだ」

◆デスクメモ

 「裏金」への怒りが、これほど強いのはなぜか。人々を疲弊させてきた数々の政策への批判も重なっているはずだ。物価や消費税は上がるのに、実質賃金は上がらず、長時間働いても将来の不安は消えない。そうした視点から永田町を見れば、常識外れの金銭感覚がさらに際立つ。(本) 

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