「恵子先生がやめちゃった」「子どもが病気になったらどうしよう」「これからはどこに連れて行けばいいの」
昨秋、静岡県伊豆市や伊豆の国市で子育て中の親たちの間に動揺が広がった。40年あまり地域で小児医療に尽力してきた「恵子先生」こと、中島恵子医師(75)が「年齢的にそろそろ」と引退したためだ。
恵子先生は1982年から伊豆市の病院と伊豆の国市のクリニックで診察を担ってきた。小さな子を持つ親にとって夜間や休日も快く対応してくれる「頼みの綱」だった。
伊豆市の公務員、松野亮太さん(32)と真希さん(30)夫妻も途方に暮れた。5歳の長男と生後7カ月の長女は、なにかと小児科にかかることが多い。亮太さん自身も子どものころからずっと恵子先生に診てもらっていた。
新型コロナの感染が拡大していたころ、長男が熱を出した。コロナを疑った。恵子先生はいくつも検査をして、「アデノウイルスよ」と診断した。「安心して仕事に行ける」と胸をなで下ろした。
いま夫婦が利用しているのは、医療相談アプリ「リーバー」だ。恵子先生の引退で対応に苦慮していた伊豆市が、4月末から導入に踏み切った。市内の0~6歳の子どものいる約600世帯が対象で、市が費用を負担するため無料で利用できる。
子どもの症状や相談したい内容をアプリから入力すると、チャット形式で医師から回答が届く仕組みだ。24時間対応で約30分以内に返信があるという。長女の首筋の湿疹が気になっていた真希さんが相談すると、10分ほどで対処法や市販薬などが記された医師のコメントが届いた。近くの診療所も紹介された。
恵子先生のような「年中無休」で子どもを見守る医師は簡単には見つからない。松野さん夫妻は「いまどうすればいいかを的確に指示してくれるのでバタバタせずに落ち着いて対処できる」とアプリの代用に期待する。
アプリを開発したリーバー社によると、県内は伊豆市と森町、全国では16自治体(22日現在)が導入し、そのほとんどが医療過疎地という。医師でもある伊藤俊一郎社長は「持続可能なヘルスケアシステムをつくる必要がある」という思いから2018年にアプリを開発した。現在約400人の医師が登録し、56の診療科がある。伊藤社長は「このアプリで医療過疎地など医療の様々な課題を解決できる」と考えている。
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医師不足の問題は知事選のたびに県政の課題として浮上してきた。医療施設に従事する医師数は全国11位の8242人(22年)にのぼるが、人口10万人あたりの人数でみると230.1人と39位に転落する。この数字が「医師不足」の根拠となっている。
県は医師を確保するために、①県内医療施設で働く医師を増やす②地域間・診療科間の偏在を解消する③医師の県内定着を促進する――を柱に据えて地域医療政策を進めてきた。
医学部のある大学が県内に浜松医大(入学定員120人)のみで、毎年輩出できる医師数は限られる。そこで医学生であれば県内県外を問わない奨学金制度を設けた。毎月20万円、6年間で計1440万円貸与するが、県内で9年間働けば返済が免除される制度だ。一定期間働いてもらうことで、医師数を増やすとともに、他県出身者の県内定着率が高くなることを期待した。
効果は上がったのか。県は制度が始まった07年度から22年度までに計1518人に貸与した。23年4月現在で制度を利用した医師671人が県内に勤務しており、このうち201人が9年間をすぎても働いていることから、一定の効果があったことがうかがえる。医師数自体も08年から14年間で約1500人増えた。県地域医療課の松林康則課長は「奨学金で定着率が高まり、全国との差は着実に縮まりつつある」と分析する。
ただ、地域医療政策の柱の一つである医師の偏在解消は「医師少数区域」と位置づけられている富士、中東遠、賀茂は改善傾向にあるもののまだ限定的だ。偏在の解消にほど遠い。松林課長は「地道な取り組みを続けるしかない」と話す。
知事選で誕生する新たなリーダーは、医師の偏在という課題解決にも取り組むことになる。(南島信也)
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