すべてはかぎ爪から始まった。アルゼンチンのラ・コロニア累層で恐竜の化石を探していたとき、古生物学者たちが岩石から突き出た足の指の骨に気付いた。さらに掘り出して調べてみると、鼻の低い肉食恐竜アベリサウルス類の新種と判明した。小惑星の衝突によって白亜紀が終わる数百万年前、太古のパタゴニアを歩いていた肉食恐竜だ。この発見は5月21日付で学術誌「Cladistics」に発表された。
アルゼンチンにあるエジディオ・フェルグリオ古生物博物館の古生物学者ディエゴ・ポル氏らは、この恐竜をコレケン・イナカヤリ(Koleken inakayali)と命名した。パタゴニア東部の先住民族テウェルチェの首長だったイナカヤルにちなむ名前で、テウェルチェ語で「粘土と水から生まれる」という意味だ。
ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(探求者)でもあるポル氏のチームは、6600万年前に地球の生物多様性を一変させた大量絶滅よりも前の恐竜の進化を理解しようと取り組んでいる。コレケンの発見はその一環だった。
現在のところ、恐竜時代の最後についてわかっていることのほとんどは、北米の比較的狭い地域で得られた情報だ。今回のパタゴニアでの発見は、恐竜が大量絶滅の数百万年前にいかに進化を続け、繁栄していたかを明らかにしている。
下半身全体がまるごと残る
かぎ爪を発見した後、ポル氏らはさらなる発見を期待して現場に戻った。「地面のすぐ下にコンクリーション(堆積物中にできた球状や板状の塊)があり、そこからさまざまな骨が出てきました」とポル氏は説明する。研究チームは、すでに侵食された岩から飛び出てコンクリーションの周囲に散らばっていた頭骨をはじめ、背骨、腰、四肢のさまざまな部分を注意深く集めた。
「研究室でコンクリーションを調べたところ、コレケンの下半身全体が関節ごと保存されていることがわかりました」とポル氏は話す。死体が腐敗してバラバラになる前に、恐竜が埋まって保存されたのだろう。
恐竜の骨がつながったまま発見されるのは比較的珍しい。体長6メートルを超える恐竜が埋まって保存されるのに、どれだけの堆積物が必要だったかを考えればわかる。
しかし、コレケンが新種の恐竜であることはすぐにはわからなかった。1985年、同じ地層でカルノタウルスという有名な肉食恐竜が発見されていたからだ。
「肉を食う雄牛」を意味するカルノタウルスは、両目の上に突き出た三角形の角が特徴で、瞬く間に恐竜界の「セレブ」になった。しかし、ポル氏らが発見した骨には、角をはじめ、カルノタウルスの特徴を示す痕跡は見つからなかった。つまり、ポル氏らが回収した肉食恐竜の骨は、誰も見たことがない種のものであると示唆された。
短い腕の理由は謎
「論文の主張はとても説得力があると思います」とアルゼンチン、ベルナルディーノ・リバダビア自然科学博物館の古生物学者マウリシオ・セローニ氏は第三者の立場で評価する。
なぜなら、2つの種の違いは明確だからだ。例えば、コレケンとカルノタウルスの鼻骨は簡単に見分けがつくし、コレケンに眉のような骨がないことも両者を区別するポイントだ。
コレケンとカルノタウルスが共存していたかどうかはわからない。ラ・コロニア累層は約500万年かけて形成されたため、2種の肉食恐竜が同じ時代を生きた可能性もあるし、時代が数百万年違った可能性もある。いずれにせよ、ポル氏らはコレケンの発見によって、鼻の低いアベリサウルス類が白亜紀後期にどう生きていたかについて、より多くの情報を得ることができた。
アルゼンチンのカルノタウルス、ニジェールのルゴプス、マダガスカルのマジュンガサウルスなど、アベリサウルス類は南半球の多くの地域で繁栄していた。ティラノサウルスが北米やユーラシアに広く生息していたのに対し、アベリサウルス類は南半球で最も広く分布し、最も多様な肉食恐竜の一つだった。
アベリサウルス類は大型の草食恐竜である竜脚類と共存していた。ポル氏らは2024年、やはりラ・コロニア累層で発見した首の長い草食恐竜をティタノマキアと命名したが、これはコレケンの獲物だった可能性もある。
「アベリサウルス類は白亜紀で最も注目に値し、最も魅力的な肉食恐竜の一つです。とさか、ドーム状の骨、角など、頭骨の装飾に独特のバリエーションがあります」とポル氏は話す。
ティラノサウルスに比べると、アベリサウルス類はいくらかずんぐりしていた。アベリサウルス類の腕(前肢)は胴体からほとんど出ていなかったと、ベルナルディーノ・リバダビア自然科学博物館の古生物学者フェデリコ・アニョリン氏は説明する。アニョリン氏も今回の研究には参加していない。
アベリサウルスは低い鼻に高い頭骨、太い首、太くて短い腕などの特徴が組み合わさっているので、すぐに見分けがつく。
「アベリサウルス類の腕は、ティラノサウルスよりさらに奇妙でした。肩の骨は巨大でしたが、腕は極端に短く、短い指が何本かありました。獲物の捕獲には全く役立ちませんが、なぜかかなり柔軟でした。この前肢を何に使っていたのかはまだわかっていません」とポル氏は話す。
共通祖先から分かれ、対照的な2つの恐竜
さらに奇妙なことに、アベリサウルス類は南半球に暮らすノアサウルス類と近縁だった。アベリサウルス類は筋肉質の待ち伏せ型捕食者だったのに対し、ノアサウルス類はしばしば小さくひょろっとした体をしていて、小さな獲物、さらには植物を好んでいた。
「彼らはあまりにも違うので、近縁であることがおかしいほどです」とポル氏は話す。
コレケンの発見はポル氏らに、ジュラ紀に共通祖先から分かれた2つの系統がどのように進化して、これほど対照的になったかを調べるきっかけを与えてくれた。
ポル氏らは、ジュラ紀後期から白亜紀前期にかけて、コレケンのようなアベリサウルス類とノアサウルス類が、体の基本的な構造を急速に異なる方向へ進化させたことを発見した。セローニ氏によると、今回の研究の重要性は、非常に近縁であるアベリサウルス類とノアサウルス類がいつ分岐し始めたかを理解できることにある。
ノアサウルス類は後肢と胴体が変化し、アベリサウルス類の頭骨はカルノタウルスやコレケンのように、短くて装飾が施された肉食恐竜らしい形へと急速に進化していった。また、アベリサウルス類は頭骨の形こそ多様化したものの、体のほかの部分はどの種も比較的似通っていたとアニョリン氏は指摘する。
6600万年前に起きた大量絶滅前の、恐竜の最後の時期の化石はまだ珍しい。しかし、コレケンの発見によって、この重要な過渡期の化石をどこで探せばいいのかについて、専門家たちはアイデアを練り直せた。
「この重要な時期についてもっと知るため、私たちはこの時期の獣脚類の化石を探し続けなければなりません」と、ポル氏は述べている。
文=Riley Black/訳=米井香織(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年5月23日公開)
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