カナダ沿岸のクイーン・シャーロット海峡で、アカウニなどの棘皮動物に溶け込むように体の色や形を変えたミズダコ(Enteroctopus dofleini)。タコをはじめとする頭足類は、動物界で最もすばやく変身することができる。(PHOTOGRAPH BY DAVID HALL)

タコやイカなどの頭足類は、ほとんどすべての種が、皮膚の色や模様だけでなく体の形や質感まで変化させる驚くべき能力を持っている。そのスピードはまばたきより速く、既知の動物の中で最速だ。

「頭足類は、私たちが知っている中で最も優れた変身能力を持っています」と、米国スミソニアン自然史博物館の頭足類の学芸員であるマイケル・ベッキオーネ氏は言う。ほとんどの頭足類が色覚を持たないことを考えると、これはさらに驚きだ。「頭足類にとって、多種多様な変身パターンを持つことは進化的に重要だったはずです」

頭足類の皮膚は、色素胞と呼ばれる細胞で覆われている。色素顆粒が詰まった袋で、小さな筋繊維に包まれている。この筋繊維が色素胞を広げたり縮めたりして、変化に富んだ複雑なパターンを作り出す。また、タコやイカの皮膚は乳頭突起と呼ばれる小さな突起で覆われており、これらを隆起させたり平らにしたりして多様な質感を作り出せる。

ワモンダコ(Octopus cyanea)は、平らな砂地では透明に近いベージュと白になり、でこぼこした岩の上では、黒っぽく、斑点のある、ゴツゴツした姿になり、サンゴ礁の近くではオレンジ色や赤や茶色の突起を見せる。

コウイカはときに身を固くし、腕を縮めて隠して、海藻に化ける。海藻の間に隠れているオーストラリアコウイカの赤ちゃんが、海藻の揺れ方を真似るように、暗褐色の濃淡を全身に走らせる様子を捉えた動画もある。

こうした変身スキルは身を隠すのに便利だが、タコやその他の頭足類が体の色や形を変える理由はほかにもいろいろある。

捕食者を威嚇する

捕食者から逃れるために、頭足類はときに周囲に溶け込むのとは逆の行動に出る。

カモフラージュ中に捕まってしまったタコの多くは、体を黒っぽく濁った色にしたり、目の色を黒くしたり、体や腕を伸ばして大きく見せたり、体を高く持ち上げたりする。イカは外套膜(袋状の胴体)に目のような模様を作り、捕食者を睨みつけているように見せることもある。

猛毒をもつヒョウモンダコの仲間であるオオマルモンダコ(Hapalochlaena lunulata)は、捕食者に遭遇すると、黄色い体全体に青いリングが散らばっているような警戒色になり、自分が油断のならない相手であることを知らせる。

一方、無害なミミックオクトパス(Thaumoctopus mimicus)は、自分よりも危険な動物や毒をもつ動物になりすます。彼らの変身のレパートリーは幅広く、腕を広げて白と茶色の縞模様を見せれば、鋭い棘と強い毒を持つミノカサゴに見える。

獲物を欺き惑わせる

頭足類は、無害な動物に擬態して獲物に近づくこともある。トラフコウイカ(Sepia pharaonis)は、その色や質感や動きをヤドカリに似せて、獲物であるスズメダイに接近することがある。アメリカアオリイカ(Sepioteuthis sepioidea)は、逆向きに泳ぎ、腕をヒレのように振ってブダイに擬態し、獲物に近づく。

体全体に縞模様や円や色の模様を表して、獲物を惑わせてから襲いかかるのも手の内のひとつだ。英ブリストル大学の視覚生態学研究者であるマーティン・ハウ氏は、コブシメ(Sepia latimanus)というコウイカが獲物に近づく際に、頭から腕に向かって暗色の輪を波打たせるしくみを研究している。

「まるで手品師が観客を魅了したり、催眠術をかけたりするような感じです」と、ハウ氏は言う。氏は、コブシメのこの行動は、実際よりも遠くにいるように見せかけて獲物を油断させるためではないかと考えている。

ソデフリタコ(Octopus laqueus)も、体に黒っぽい模様を走らせることがある。ハウ氏は、これは実際には静止しているのに遠ざかっているように見せることで、隠れている獲物をおびき出そうとしているのではないかと言う。同様の行動は、ほかの種のタコでも報告されている。

「私たちはこれまで何十年も、カモフラージュを静的なものとして研究してきました」とハウ氏は言う。「しかし実際には、自分の体表に動く模様を見せられるとなると、あらゆる種類の非常に興味深いことができるわけです」

仲間同士のコミュニケーション

社会性のあるアメリカオオアカイカ(Dosidicus gigas)は、太陽光がほとんど届かない深海でも、見た目でコミュニケーションをとる方法を編み出した。彼らは発光器を使って体全体を明るく輝かせ、色の変化を見えやすくしているのだ。アメリカオオアカイカは毎日、水深の深いところと浅いところを移動しているが、群れでこうした移動をする際に光のシグナルを利用しているようだとベッキオーネ氏は言う。

また、アメリカオオアカイカのオスは、体全体に黒っぽい色を点滅させて優位性を示し、ほかのオスを撃退することがある。コウイカのオスも、ほかのオスに遭遇すると、ヒレをはためかせながら黒と白の縞模様を見せつけて優位性を誇示する。

完璧な伴侶をゲットする

コミュニケーションをする仲間のなかで、将来の伴侶以上に大切な相手などいるだろうか? メスに好印象を与えるために、ワモンダコのオスは体の色を白っぽくして黒い縞模様を走らせ、アメリカアオリイカのオスは暗赤色になる。

オーストラリアコウイカの体の小さなオスは、自分より大きいオスが近くにいるときにはメスに相手にされないため、体の色や姿勢を変えてメスになりすましてメスに近づき、交接する。コウイカの中には、外套膜の半分にメスに対する求愛の模様を、もう半分にはライバルのオスをだますような模様を同時に表すトガリコウイカ(Sepia plangon)のような種もいる。

頭足類の「思い」は皮膚に?

科学者たちは、タコの体の色や形や質感が何らかの目的を達成するために変化しているように見える興味深い事例を数多く観察しているが、ほかの生物を意識的に模倣しているのかどうかなど、シグナルの背後にある意図を特定することはできていない。

そんな中、米コロンビア大学で頭足類の神経科学を専門とするテッサ・モンタギュー氏は、頭足類の皮膚の色や模様の変化を利用して、彼らの頭の中で起きていることを研究している。例えば、頭足類が捕食者から逃げるときに威嚇するような模様を見せたとしたら、それはおそらく脳の活動に対する不随意反応(意思とは関係なく、体が勝手に動く反応)だと彼女は言う。頭足類の皮膚は、彼らの恐怖や、ストレスや、攻撃性や、交接への欲求を反映しているのかもしれない。

頭足類が夢を見るかどうかの研究に、眠っているタコの体がさまざまな色に変化する映像が使われてきたのはそのためだ。

モンタギュー氏は、タコの体色の変化は、内的な状態が体に現れているものなのではないかと考えている。「タコの皮膚は信じられないくらい電気的で、基本的にタコが考えていることを表しているのだと思います」

文=Sofia Quaglia/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年5月26日公開)

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