ヘキサゴンプルスが製造する移動式の水素ステーション

「半導体や医療品、食品関連工場における『グリーン水素』需要が急増している」。水素タンク世界大手であるノルウェー・ヘキサゴンプルスのモルテン・ホーラム最高経営責任者(CEO)は1月25日、ドイツ西部のヴェーツェで開かれた新工場の開所式で、こう明かした。

グリーン水素は再生可能エネルギー由来の電気を用い、水を電気分解してつくられる。半導体や医療品などの産業は以前から水素を利用しているものの、脱炭素化の潮流を受けてグリーン水素に置き換える動きが広がっており、ヘキサゴンプルスはヴェーツェにも新工場を立ち上げた。

鉄製の水素タンクもあるが、足元では運搬時の二酸化炭素(CO2)排出量を減らすため、高価だが軽量の炭素繊維製の需要が急増している。ヘキサゴンプルスはトラックや鉄道に積むコンテナなど多様な形状のモジュールに水素タンクを格納する形でも納品しており、新工場ではこのモジュールを造る。燃料電池を動力源とした鉄道車両向けには、車両上部の構造に合わせた形状のモジュールを製造している。

産業ガス大手の仏エア・リキードと独リンデ、グリーン水素生産の世界大手のデンマーク・エバーフュエル。ヴェーツェの新工場を見学すると、水素関連企業のロゴが書かれているコンテナが見本市のように並んでいた。ヘキサゴンプルスが水素タンクを売る顧客だ。中には100本以上の黒い水素タンクがぎっしり詰められたコンテナもあった。

水素タンクはさまざまな方式で使われている。開所式には商用車などに水素を充塡するための水素タンクを積んだ移動式水素ステーションも展示されていた。顧客企業が水素ステーションを設置しようとした場合、固定式だとかなりの設備投資が必要になり、なかなか踏み切れない。そこでまず試験的に、移動式ステーションを導入する企業が増えているという。

水素タンク会社支える三井物産

グリーン水素需要の高まりで勢いに乗るヘキサゴンプルスだが、実は、この会社を陰に陽に支える日本企業がある。三井物産だ。現在、ヘキサゴンプルスに7.6%、その筆頭株主であるヘキサゴンコンポジットに22.7%を出資している。

もともと三井物産は、天然ガスや水素用の圧力タンクを製造するヘキサゴンコンポジットに東レの炭素繊維を販売し、天然ガスを燃料とする車やトラック向けのタンク販売をサポートしていた。そうしたつながりから2016年、ヘキサゴンコンポジットに出資することになって提携関係を深めた。

ヘキサゴンコンポジットは20年、水素タンク事業を強化するためにヘキサゴンプルスを独立。この際、三井物産も水素ビジネスの将来性を見越して出資し、二人三脚で事業拡大を進めてきた。

東レ製の炭素繊維を巻き付ける

ヴェーツェから車で東へ約3時間の距離にあるカッセルにも、ヘキサゴンプルスの真新しい水素タンク工場がある。もともとは別の企業が経営していた工場だが、ヘキサゴンプルスが買収。5本のタンクに東レ製の炭素繊維を同時に巻き付ける最新設備などを備えた生産ラインを設けた。安全性が重視される製品であるため、生産工程にはいくつものテストのポイントがある。水素事業責任者のミヒャエル・クレシンスキー氏は「さらに生産ラインを増やすことを検討している」と話す。

今後、特に伸びを期待しているのはトラックやバスなどの商用車向けの水素タンクだ。既にヘキサゴンプルスはトヨタ自動車や新興メーカーの米ニコラに対し、燃料電池(FC)トラック向けの水素タンクを販売しており、他メーカーもFCトラックの開発を進めている。

さらなる需要拡大に備え、ヘキサゴンプルスは生産量の拡大を急ぐ。ドイツのヴェーツェとカッセルのほか、米国とカナダにも新たな工場を稼働。現在、中国でも工場を建設中だ。今は投資先行の段階で23年12月期のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は赤字だが、ホーラムCEOは「今期に欧州の水素事業は黒字化し、25年には全体でも利益が出る見込みだ」と語る。

ヘキサゴンプルスのモルテン・ホーラムCEO(右)。ドイツ西部のヴェーツェで新工場の開所式を開いた(写真=ヘキサゴンプルス提供)

三井物産「投資先の事業つなげる」

一方で三井物産の狙いはどこにあるのだろうか。三井物産からヘキサゴンプルスに出向し、シニア・バイス・プレジデントを務める栁田麦彦氏は「まずは投資先会社の競争力を上げる。その後それぞれの事業をつなげていく。スケールメリットで水素の末端価格を下げることで利活用を促し、市場の裾野を広げる」と明かす。

三井物産はヘキサゴンプルス以外にも、19年には米国で水素ステーションを展開する米ファーストエレメントヒューエル、22年にはいずれもグリーン水素を生産する仏ライフ、ノルウェーのノルウェジアン・ハイドロジェンに出資するなどしている。世界で水素のサプライチェーン(供給網)づくりを進めており、既に出資先同士はつながり始めている。

例えば、ヘキサゴンプルスのヴェーツェ工場にはライフのコンテナがあった。ライフは21年、風力発電所の電気を用いてグリーン水素を生産する商業プラントを稼働。22年にも洋上風力発電所の電気を使ったグリーン水素の実証プロジェクトを立ち上げるなど、複数のプロジェクトを抱えている。順調に立ち上がれば、ヘキサゴンプルスの水素タンク需要も高まるというシナジー(相乗効果)が期待できる。

またヘキサゴンプルスが狙うFCトラック需要には、ファーストエレメントヒューエルが関係してくる。同社は米カリフォルニア州の最大手で40カ所以上の水素ステーションを展開。これまでは燃料電池車(FCV)向けの拠点だったが、今後はFCトラックなど商用車向けのステーションを整備していく方針という。

栁田氏は「水素市場の裾野が広がった時、三井物産グループの供給網に競争力があればおのずとシェアが高まり、収益が向上する」という青写真を描く。

ヘキサゴンプルスのドイツ・カッセル工場で、水素タンクの前に立つ水素事業責任者のミヒャエル・クレシンスキー氏(左)と三井物産から出向する栁田麦彦氏

関与強める日本の商社

三井物産以外の商社も、グリーン水素市場が立ち上がる欧州を中心に世界で水素ビジネスへの関与を強めている。

伊藤忠商事は水電解装置大手のノルウェー・ネルと提携するほか、エア・リキードとも水素事業で手を組む。23年12月にはエバーフュエルへの出資を発表した。三菱商事は子会社の再生エネ大手であるオランダ・エネコと大規模なグリーン水素生産に乗り出す。

水素はこれまでのエネルギーサプライチェーンを一変させるインパクトがあり、巨大市場になると見込まれる。ただ当面は先行投資が必要で、利益を出すのが難しい局面が続きそうだ。

日本の商社は、かつて液化天然ガスなどを含む化石燃料のサプライチェーンづくりで活躍した。勃興期にある水素市場でも、いち早くリスクを取りながら世界で商機を探る。ヘキサゴンプルスの水素タンクのような実需があるビジネスを見つけて出資し、その取引先から情報収集もしながら将来に備えるという三井物産の戦い方は参考になりそうだ。

(日経BPロンドン支局 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版 2024年2月22日の記事を再構成]

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