武甲山(標高1304メートル)にある国指定天然記念物の石灰岩地特殊植物群落の現地調査を埼玉県横瀬町が40年以上実施していない問題で、町が当時まとめた調査報告書は、群落の代表的植物のチチブイワザクラにとって指定地の環境条件は好ましいものではなく、環境整備の必要性を指摘していた。町は「指定地への環境負荷を避けるため」と調査未実施の理由を説明するが、整備の検討を求めた報告書との認識の乖離(かいり)は大きく、当時の調査が群落保護に生かされていない可能性がある。【照山哲史】
報告書は、町教育委員会が1985年に編集発行した「天然記念物『武甲山石灰岩地特殊植物群落』追加指定地域の地質と植生」。51年に天然記念物に指定された地域(標高980~1040メートル、約3万1600平方メートル)は、石灰岩採掘による環境変化でチチブイワザクラが見られなくなり、83年に現在の場所(標高595~755メートル、約3万2000平方メートル)が追加指定された。報告書は、指定前の81~82年度に町が実施した調査内容についてまとめた。
植生については、県文化財保護審議会委員だった永野巌・埼玉大教授(故人)が執筆。当初の指定地(88年に指定解除)と、追加された現在の指定地について森林や岩壁の植生を調査した。現地の気候や森林群落の構造、森林の土壌、石灰岩壁の植生などの項目別に記している。
チチブイワザクラについては、石灰岩壁の植生の項で記載している。典型的な自生地だったクライミング名所の「幕岩」と指定地を比較調査。幕岩は低木層がなくツルデンダ(シダ類)も少ないが、追加指定地はツルデンダや低木層が多いとした。そのうえで、幕岩が生育にとって最適環境とすれば、追加指定地はツルデンダや低木類との競争関係にあり、「長期保存をはかるとすれば環境の整備を検討する必要がある」としている。
幕岩は、追加指定地の上方にあったが、現在は採掘により崩されて存在しない。武甲山だけに自生するとされるチチブイワザクラは、国のレッドリストで近い将来、野生で絶滅する危険性が極めて高い絶滅危惧1A類に分類されている。2018年10月、レッドデータブック作成の情報収集のため、NPO法人「県絶滅危惧植物種調査団」が指定地の一角に入った際は「時間的、地形的制約もあり確認できなかった」としており、チチブイワザクラは既に姿を消した可能性もある。
町教委は「指定地の環境整備について、当時どのような議論があったのかを知る関係者は既にいないし、記録も残っていないので詳しいことは分からない。指定地に入らないのは、環境負荷を避けるためだ。また、追加指定を受けた時期からチチブイワザクラをはじめ固有の植物については、採掘会社の事業区域内にある植物園で保護・増殖をはかり、自生を目指し指定地周辺に植栽するなど種の保存のための努力を続けており、一定の成果を確認している」と話している。
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