約6600万年前、現在のユカタン半島付近に隕石が衝突し、恐竜時代を終わらせた大量絶滅が起きた。今回の研究で、その隕石が木星より外側からやってきたものであることが明らかになった。(Illustration by Nicolle R. Fuller / Science Photo Library)

ティラノサウルスやトリケラトプスをはじめとして、鳥類を除く恐竜、翼竜や海竜などの爬虫(はちゅう)類を絶滅させ、白亜紀を終わらせた直径10キロを超える隕石(いんせき)は、木星の向こう側からやってきたことが明らかになった。8月16日付けの学術誌「Science」で発表された論文によると、この巨大な岩の塊は地球の近くを周回していたのではなく、太陽系をはるばると旅してきたあと、地球に衝突したという。

6600万年前の衝突でできた巨大クレーターは、現在のメキシコ沿岸の海底にあり、チクシュルーブと呼ばれている。衝撃時には大規模な灼熱の波が発生し、何年も続く冬が訪れた。そのせいで既知の生物の60%超が絶滅した。

この衝突が起きたことを示す最初の兆候として認識されたのは、白亜紀とそれに続く古第三紀との境界にあたる岩石の層に、イリジウムという金属の量が突出していることだった。この現象は世界的に見られ、イリジウムを多く含む層はK/Pg境界と呼ばれている。

このような岩石中の金属は、いわば地質学的な「指紋」であり、隕石がどこからやってきたのかを示す証拠となる。今回決め手になったのは、ルテニウムという金属だ。

ルテニウムはイリジウムと同じく、地球の地殻ではめったに見つからないが、隕石や小惑星ではよく見られる金属だ。絶滅境界の岩石では、ルテニウムの濃度が増加していた。

なかでもポイントになったのは、ルテニウムの同位体(質量数の異なる元素)の組成だ。この組成は、隕石が太陽系のどこでできたかによって変わってくる。論文の著者で、ドイツのケルン大学の地質学者であるマリオ・フィッシャー・ゲッデ氏らは、この違いからチクシュルーブの隕石の起源を突きとめた。

チクシュルーブの隕石は、木星より外側の「外太陽系(outer solar system)」で形成された炭素質コンドライト隕石だった。専門用語では、「C型小惑星」と呼ばれるものだ。

火山活動による玄武岩とも違う

「これはすばらしい成果です」。そう述べる米アリゾナ州立大学の天体物理学者スティーブン・デッシュ氏によると、この新しいデータは、問題の隕石が確かに炭素質コンドライトであり、彗星などのその他の天体ではなかったことをはっきりと示す証拠になる。なお氏は今回の研究に関わっていない。

また、チクシュルーブの隕石に含まれるルテニウムは、研究で挙げられているいくつかの衝突クレーターに含まれるものとは違っていた。すなわち、3600万年前から4億7000万年前のサンプルのほとんどは、「内太陽系(inner Solar System)」で形成された「S型小惑星」だった。

「驚くべき発見です」とデッシュ氏が称賛するのは、このデータによって、地球に衝突したその他の隕石の由来を絞り込めるからだ。それは1カ所からではなく、太陽系のさまざまな場所からやってきていた。

さらに、この研究の成果は、チクシュルーブの隕石の由来がわかったことだけではない。白亜紀を終わらせたのは、小惑星の衝突に間違いないことも明らかになった。

この隕石の衝突の前後には、今のインドにあたる場所で、デカントラップと呼ばれる巨大噴火が起きており、最近まで、これが絶滅の引き金になったという説もあった。

だが、境界層で見られたイリジウムやルテニウムなどの元素のパターンは、噴火によってできる玄武岩ではなく、巨大隕石の衝突と最もよく一致する。実際、これまでの研究でも、デカントラップによって放出された温室効果ガスが衝突の冬の影響を緩和した可能性が指摘されている。

地球の歴史の中でも特異な現象

宇宙を漂っていたこの小惑星が、なぜ地球に落ちてきて多くの生命を滅ぼすことになったのかは、まだよくわかっていない。

フィッシャー・ゲッデ氏によると、太陽系初期の時代には、ほとんどの小惑星大の岩石は重力に引っぱられ、惑星や衛星になった。チクシュルーブの隕石は、どういうわけか、それを逃れたに違いない。

「この小惑星は6600万年前まで安定した軌道にありました」とフィッシャー・ゲッデ氏は述べている。それが、衝突前のいずれかの時点で、木星の移動にともなって軌道から外れ、奇跡的な確率で地球に衝突したのかもしれない。

白亜紀末の小惑星の衝突は、地球の歴史の中でも特異なものだ。今回の研究で、さらにその点が強調されることになった。

「地球に衝突するすべての隕石のうち、約80%がS型小惑星です」とフィッシャー・ゲッデ氏はいう。つまり、内太陽系からやってきた隕石ということだ。

対して、恐竜を絶滅させた小惑星は、そうではなかった。太陽系の遠く離れた場所からやってきた不運な訪問者だった。

生き残った恐竜は鳥類だけだった。哺乳類やトカゲの仲間など、生き延びた種も大きな被害を受けた。

この衝突がなければ、地球上の生命は今とは違うものになっていただろう。たくさんの古い生命を一掃し、生き残った種を繁栄に導いた出来事は、奇跡的な確率によって起きた事件だった。

その生き残りの中に、私たちの先祖である初期の霊長類も含まれていた。

文=Riley Black/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年8月19日公開)

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