配偶者を亡くした隣人に食事を運ぶ女性。こうした親切な行いは社会的な絆を強め、親切にする側とされる側の双方の心身の健康の向上につながることが、研究によって示された。(Photograph by Danielle Amy)

近頃では、隣の家に砂糖を借りに行く時代は過ぎ去ったように見える。便利なアプリは、友人に頼らなくても小さな問題を解決してくれる。ライドシェアサービスを利用すれば空港まで送ってもらえるし、ギグワーク・アプリ(単発・短期の仕事を発注するアプリ)を利用すれば重要な会議中に愛犬を散歩に連れて行ってもらえる。

しかし、これらのツールは便利な半面、「人間関係を犠牲にする」おそれもあると指摘するのは、米スタンフォード大学の心理学研究者で、人工知能(AI)を利用したメンタルヘルスケアを提供する新興企業フローリッシュの共同創業者シュアン・ジャオ氏だ。

最近のさまざまな研究によると、コロナ禍の間に米国人のネットワークの規模は縮小していて、2020年に社交に費やされた時間は2003年に比べて減少した。アメリカンライフ調査センターが2021年に実施した調査によると、米国人は以前に比べて友人を頼らなくなっているという。例えばプライベートで問題を抱えたとき、最初に友人に相談すると回答した人は、1990年には26%だったが、2021年には16%に減っていた。

日本政府が2023年に実施した「人々のつながりに関する基礎調査」では、孤独感があると回答した人が約4割に上った。

世界では今、孤独が流行病のように蔓延している。専門家たちは、コミュニティーに背を向けることは人間の本性に反するだけでなく、健康にも悪影響を及ぼすかもしれないと言う。

人間がコミュニティーを求める理由

私たち人間は、ほかの人間と協力したり付き合ったりする能力を生まれながらに持っている。こうした能力は、今から350万年以上前の初期人類アウストラロピテクスの時代まで遡れる可能性がある。

アウストラロピテクスが他の霊長類から分かれて熱帯雨林を後にし、乾燥していて捕食者だらけの環境で暮らしはじめたとき、大きな集団が必要になったと、米カリフォルニア大学デービス校名誉教授である生物学者のピーター・リチャーソン氏は言う。

氏は、アウストラロピテクスは生き残るために血縁関係のない人々と協力することを学び、こうした社会的なネットワークが、戦略や武器を生み、手強い捕食者を狩ることさえできる集団の形成を可能にしたと考えている。

アウストラロピテクスの母親たちは、二足歩行をするようになって出産の困難と危険が増したため、出産時にグループのほかの母親たちと助け合うようになったと、進化生物学者のレスリー・ニューソン氏は考えている。

母親たち以外のメンバーも、グループ内で受け入れてもらうために赤ちゃんの教育や育児を手伝ったと、進化人類学者のサラ・ハーディ氏は主張する。赤ちゃんは複数の養育者を意識し、家族以外のメンバーを観察し、交流し、気に入られることを学んだ。これが「協力のための舞台を整えた」とハーディ氏は言う。

心理学者は、このような私たちの進化が、社会的に排除されたり孤立したりすることを苦痛に感じる理由だと言う。実際、心の痛みを処理する脳の回路は、体の痛みを処理する脳の回路を基礎にしている。参加者に仮想のボールをパスさせる実験では、途中からボールを回してもらえなくなった参加者は体の痛みを感じていた。

「社会的な排除の痛みは、排除を引き起こしているものを正せというシグナルです」と、米サンフランシスコ州立大学の実験心理学者で計算神経科学者のガウラブ・スリ氏は言う。

助けたり助けられたりすると気分が良い理由

逆に、他者からの助けや社会的なつながりは、私たちの気分を良くする。心の健康のとりわけ重要な指標の1つは、利用するか否かにかかわらず、頼れる社会的なセーフティーネットワークを思い浮かべられるかどうかだということが研究から示唆される。

なぜなら、誰かに助けてもらうことで認知的な労力を軽くし、「ストレス要因をやりすごすための余地」を生み出せるからだと、米プリンストン大学情動ロジック研究室の博士研究員ラジア・サーヒ氏は説明する。

問題解決に至らなくても、人から支援や承認を受けることで、健康上の恩恵を受けられる。例えば、誰かに現状を打ち明けるだけでも、みずから状況を考え直して、心の痛みを和らげることができる、とスリ氏は言う。

2021年2月に学術誌「PLOS ONE」に発表されたサーヒ氏の研究によれば、困難な経験を振り返るときにパートナーの手を握っていると、感じる苦痛が小さくなったという。また、2010年7月に学術誌「PLOS MEDICINE」に発表された論文など、さまざまな研究により、社会的なつながりが長寿と関連していることが示唆されている。

例えば、多くの住民が90歳、100歳まで生きる「ブルーゾーン」と呼ばれる地域では、高齢者はしばしば強い共同体意識と生きがいを持っている。

その顕著な例が日本の沖縄で、人々は昔から「模合(もあい)」と呼ばれる緊密なグループを作ってきた。伝統的に、模合はメンバーにとって経済的なセーフティーネットであり、資源を共有する場だった。模合の風習は現在も盛んに行われていて、メンバーは定期的にお互いの無事を確認し合っている。

沖縄県長寿科学研究センターの広報担当であるクリスタル・バーネット氏は、メンバーとして模合に参加している。模合のコミュニティー構造は信頼関係を育み、メンバー間の頼みごとをしやすくしていると氏は言う。「空港まで車で送ってほしいときや、お金が必要なときには、メンバーに言えばいいのです」とバーネット氏。「頼まれた人は喜んで助けてくれます」

人助けの喜び

それでも、「知人に助けを求めることは、人間関係を危うくするリスクをはらんでいるため、不安に思う人もいます」と、社会心理学者で米コーネル大学組織行動学教授のバネッサ・ボーンズ氏は指摘する。氏の研究によると、有料でサービスを受けることで、こうした不安が幾分取り除かれるという。友人に電話をかけて頼み事をするより、人を雇う方が心理的なハードルが低いということだ。

モチベーションに関する「自己決定理論」によれば、人間は「自律性」と「有能感」と「関係性(社会的なつながり)」を求めるという。ジャオ氏は、ギグワーク・アプリは私たちに「自律性」や「有能感」は与えてくれるが、親切や助け合い、関係づくりなどの機会を失わせるおそれがあると指摘する。

ジャオ氏は、人は私たちが思っている以上に喜んで助けてくれるものだということを、米シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス行動学教授のニコラス・エプリー氏との研究で明らかにした。また、現代の米国人は昔の米国人と同じくらい見知らぬ人に協力するつもりがあるという明るい結果を示した研究もある。

なぜだろうか。「人とつながったり、人を助けたりするのは、気持ちが良いことだからです」とジャオ氏は言う。「そうして、親切が人から人へと伝わっていくのです」

エプリー氏は、「実のところ私は、自分が助けを必要としているときに人に助けを求めないのは、むしろ誰かに損をさせることなのだ、と考えるようになりました」と言う。「自分を助ける機会を人に与えないことは、彼らが良い気分になる機会を奪うことになるからです」

文=Annika Hom/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年9月4日公開)

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