人間は通常、楽しみやストレス解消のために酒をたしなむ。一方、天然のアルコール(エタノール)を摂取する動物もいるが、主にカロリーのためだ。エタノールに含まれるカロリーは、砂糖のほぼ2倍。しかし、大半の脊椎動物は4%を超える濃度のエタノールを摂取すると悪影響を受ける。
ところが、アジア、アフリカ、ヨーロッパに広く生息するオリエントスズメバチ(Vespa orientalis)は80%という高濃度のエタノールを代謝できることが実験で明らかになった。論文は2024年10月21日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された。
自然界では、植物の果実や花蜜などが腐敗・発酵するときにエタノールができる。アフリカゾウから55種もの鳥類に至るまで、数多くの動物たちが、発酵した果実や蜜などが効率的な栄養源であることを知っている。それでも、エタノールを摂取し過ぎると望ましくない副作用を引き起こす可能性がある。
では、なぜオリエントスズメバチはこれほどまでにエタノールへの高い耐性を持っているのだろうか。その理由は、彼らが天然の醸造酵母(ビールの醸造やパンの発酵に使われるのと同じもの)と互いに有益な関係を築いているためなのかもしれない。
酵母は寒冷な気候では生き延びられないため、冬の間はスズメバチの腹部の中で生き、繁殖する。その見返りとして、酵母はスズメバチが食べる果物を発酵させることでエネルギーを供給する。
今回の研究によると、酵母が持つ発酵能力に対応するため、スズメバチはアルコールへの耐性を可能にする遺伝子のコピーを複数持つよう進化した可能性があるという。
スズメバチが酔っ払うかどうかなどはささいな問題に思えるかもしれないが、科学者がこれを研究する理由はいくつもある。
昆虫も霊長類も、おそらくは何百万年にもわたって発酵した果実を食べてきた可能性が高い。いわゆる「酔っぱらいのサル仮説」では、ヒトの祖先がエタノールを豊富に含む食事をしていたことが、現在まで続く人間とアルコールとの複雑な関係につながっていると示唆されている。
そのため、オリエントスズメバチがあれほど大量のエタノールをどのように代謝しているのかについての遺伝学的な理解を深めることは、アルコール依存症のよりよい治療法の開発に結びつく可能性がある。
限界に挑む実験
イスラエル、ベングリオン大学の行動生態学者ソフィア・ブーシェブティ氏率いる研究チームが、2000匹以上のオリエントスズメバチに、濃度80%のアブサンに似たエタノール溶液を与えてみたところ、彼らは正常に飛ぶことも、まっすぐに歩くこともできなくなったという。
むしろそうならない方が不思議というものだ。しかし、研究者らが衝撃を受けたのは、彼らの回復力だった。
「中には仰向けに寝転がっている個体もいました。きっと死んでしまうのだろうと思っていましたが、数分後に確認すると、完全に回復していたのです」とブーシェブティ氏は言う。
さらに驚くべきは、酒を飲んだオリエントスズメバチがエタノールを代謝し、何事もなかったかのように巣作りを再開したのに対し、同じアルコール溶液を摂取したセイヨウミツバチは、うまく動けなくなっただけでなく、24時間以内に死んでしまったことだ。
低濃度のエタノールは動物にとって有益なこともあるが、死んだミツバチが示す通り、濃度が高いアルコールは害をもたらす。
そのため、初期の実験では、研究者らは濃度が20%しかないエタノール溶液を使った。これは、醸造酵母が自然につくれる濃度の限界だ。
「驚いたことに、この濃度ではまったく悪影響が見られなかったため、濃度を上げて、このスズメバチが耐えられる最大値を見極めることにしたのです」。その結果が80%だったというわけだ。
「今いちばん知りたいのは、オリエントスズメバチがこれほどの高濃度に適応した理由です」とブーシェブティ氏は言う。
たとえば、抗菌作用を持つエタノールを摂取することで、彼らは体を健康で清潔に保っているのかもしれない。特にオリエントスズメバチは、腐肉を集めて幼虫に与えることで知られているため、その可能性は考えられるだろう。
酔っぱらいで悪名高いスズメバチも
「実に見事な研究です」と語るのは、昆虫学者のクリス・アリス・クラッツァー氏だ。一部のスズメバチがエタノールを代謝する能力を進化させたという研究結果は、氏にとってまったく意外ではないという。
「多くの果実は秋に熟しますが、これは温帯気候でスズメバチのコロニーが発展するピークと一致します。腐った果実から液体を摂取する能力は、彼らの生存にとって重要な意味があります」
「個人的な観察から言うと、社会性スズメバチの仲間の大半は、エタノールを摂取するとひどく酔っぱらってしまいます」と氏は話す。
北米で通称「イエロージャケット」と呼ばれるクロスズメバチ属とホオナガスズメバチ属のハチは特に悪名高い酔っぱらいだ。果樹園にたむろして腐った果実を食べ、やがてまっすぐに飛べなくなり、互いに空中で衝突することさえある。
しかし興味深いことに、オリエントスズメバチは、同じことをしてもさほど混乱することがないように見えると氏は述べている。
「この研究は始まったばかりです」とブーシェブティ氏は言う。「発見すべきことがまだたくさん残されています」
文=Jason Bittel/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年10月23日公開)
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